韓国に最後通牒をいたしましょう。

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日本に勝った韓国人

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/09/23 22:07 投稿番号: [358 / 1380]
これは痛い!
いいか日本人は謙虚な人間性が恩恵されるんだ。
功績はわかるぞ確かに凄い所も日本人は知っている。
日本に恩恵をもらっておいてその言い草が日本人は大嫌いなんだ。
だから韓国人じゃなく朝鮮人っていわれるんだアホが。

黙って王監督みたいにいれば尊敬されるんだぞ。だから「糞民族」って言われるの。

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張勳(張本勲)自敍伝 '日本に勝った韓国人' 発行して

1980年5月28日。在日韓国人の張勳(チャン・フン)が打席に立った。ピッチャーは変化球を投げて凡打を誘った。だが、張勳は早い球を待った。そして投手の手から離れた球。張勳は無意識的にバットを振り回した。手先に伝わった感覚。打球はライトフェンスを超えて2ランホームランとなった。このホームランで張勳は、不滅の3,000本安打を達成する事となる。日本プロ野球史の金字塔を、在日韓国人の張勳が立てたのである。

張勳の人生は、苦難と忍耐の連続だった。中学校の頃には『朝鮮人』と後ろ指をさされ、高校では在日韓国人だっ為にしばらく試合に出る事が出来なかった。競技場に出ても、壁に書かれた『張勳を殺せ』と言う落書きを見なければならなかった。鬱憤と怒りをバットに込めた。彼は、「私が打つホームランとヒットは、誇らしい我ら朝鮮同胞達を差別する、卑劣な日本人に対しての冷ややかな復讐だ」と語った。

張勳(67歳)が自叙伝の『日本に勝った韓国人』を発行した。日本のプロ野球を熱くした、彼の神話と野球、人生をドラマチックに描き出している。

張勳は23年間選手生活をした。彼が野球を始めたのは貧乏の為。「プロ野球選手達が湯気の立つ鍋で肉をつまみ食いしたり、卵を3〜4個コツコツ割って食べるのを見て、呆然とした」、「美味しい物をたくさん食べたかった」は、その頃の生存が懸かった死闘だった。張勳の両親は故郷が韓国だったが、第二次世界大戦中に日本に行き、張勳を生んだ。貧乏と妬み中で、野球は唯一の希望だった。怒りと鬱憤を蹴散らす事の出来る解放口だった。小学校5年生の頃に初めて野球に出会い、それ以降野球の魅力に惹かれた

『日本に勝った韓国人』は、野球少年の夢と現実、新人王と首位打者になるまでの苦難、名門ジャイアンツ入団、3,000本安打の記録など、幼少時代に火傷をして右手に障害を持っている人間が、どの様に苦痛と絶望を乗り越えて進んで行ったのかを感動的に見せる。244ページ:1万ウォン

NAVER/メイル新聞(韓国語)
ttp://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=088&article_id=0000076762
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