賎人、愚かにも字を語る
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/03/27 16:30 投稿番号: [1017 / 1380]
記事入力 : 2009/03/27 15:07:32
【萬物相】安重根の字
1910年3月25日正午、中国・旅順監獄3棟9号の扉が開いた。安重根(アン・ジュングン)は最後の瞬間が来たと思った。カトリック教徒だった彼は、イエスが十字架に張り付けになった3月25日に刑を執行してほしいと要求した。出てみると意外にも兄弟のチョングン、コングンが面会に来ていた。彼は「わが国の権利が回復したら遺骨を故国に埋めてほしい」と遺言し、「もしシベリアに行ったなら、わたしが断指同盟のときに切った指を返してもらうように」と要望した。
死刑は翌日に執行された。25日は大韓帝国・純宗皇帝の誕生日でもあり、安義士の死刑執行が韓国人を刺激するとみた日帝が執行を1日遅らせたのだった。ハルピン義挙の際、安義士を護送した日本人看守が彼に最後の字を頼んだ。死刑場に向かう1時間前に安義士は白い韓服を着て書き始めた。「為国献身・軍人本分(国家のために命をささげるのは軍人の本分)」。
旅順監獄に捕らわれていた143日間に安義士は、200点を超える遺墨を残した。その気概と人格に感化された検事、看守、医師らがこぞってその字を欲しがったからだ。「国家安危・労心焦思(国家の安寧を心配し心を焦がす)」「見利思義・見危授命(利益を見たら義を考え、危険を見たら命をささげよ)」。安義士は祖国光復を誓い、指が切られている左手の手のひらをはんこのように押し付けた。
法務研修院のク・ボンジン教授は最近の著書「筆跡は語る」で「字は脳の指紋」と語った。字を見るだけで、抗日闘士なのか親日派なのかも分かるのだそうだ。抗日闘士の字は正方形できちんとしていて力強い。行の間隔も広く一定だ。親日派の字は、字は長く柔軟だが、行間隔が狭く不規則だ。伊藤博文の字は一見すると豪快だが、内には不安が漂っていた。安義士の字は雄大かつ荘重で、大きな岩に上がり、太い足のつめでがっしりと立っている雄ライオンのような気性だ。
安義士の字は1点4億−5億ウォン(約2900万−3600万円)の値が付く。チュサ、ハン・ソクボンといった名筆の字よりも高い。安義士の仁義ある精神が込められた字を金で計算するというのは俗っぽいことでもある。しかし、タサンやユルゴクも書家ではないが、字が高い待遇を受けるのを見ると、人の字に込められた人間も見えるようだ。今日は安重根義士の死去99周年の日。彼の骨はまだ異国にあるが、彼の文字に込められた魂は後世の人々の胸に生き残っている。
キム・テイク論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
お〜い、
悪い物でも食わせたか〜!
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