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>梶原一騎は反省しる!

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/07/15 13:38 投稿番号: [9870 / 49973]
>漫画の中で、崔氏は「自分の身を犠牲にすることで祖国が救われると信じ、同志らがこの世を去っていった。私も、終戦が1週間だけ遅れていたら、このを世を去る運命だった。むしろ、祖国(日本)のため死んだほうが、幸せだったように思える」と話している。

まぁ、この件は結構リップサービスが含まれているのではないでしょうか。
小生の知人(父の友人)にも実際、14期飛行予備学生出身の方がおりますが...
「友人たちが先に死んでいって、自分が生き残ったことについては(彼らに対し)なんとも言えない、負い目のような感情はあるけど、正直『ホッとした』のも事実」と仰ってました。

>崔氏が強要によって神風特攻隊の隊員になる場面を描いた漫画家、房学基(バン・ハクギ)氏は14日「私は、崔氏が生きていた当時、最も頻繁に同氏に会っていた人の中の一人」とし「同氏を、日本のために死ぬことができなかったことを後悔する人物に描いたのは深刻なわい曲」と話した。

「風のファイター」って読んでいないのでどういった描写されているのか分かりませんが...
当時は表向き志願。実際は「志願しなきゃいけない」状況に追い込まれてた事は事実のようです。
が、上記梶原氏の描写はある意味当時の日本の(日本の感覚で育った)若者が大なり小なり抱いていた感覚でしょうから...
「深刻な歪曲」というのはどうか。(むしろ、韓国のお家芸でしょうに...)

>崔氏の息子、崔クァンボム(30、医師)氏もやはり「父が日本の少年飛行学校に通っていたのは事実だが、そこでは雑務をしていただけで、飛行訓練は受けたことがない。

大山氏が少年飛行学校に入ったのは1939年。
飛行生徒としてなのか、整備生徒なのか、それとも学校雇員なのかはっきりしませんが...
それより1941年に拓殖大学に入学(18歳なので大学予科?)していますから、作中の「飛行訓練」は戦時中の学徒動員での飛行予備学生(海軍)か特別操縦幹部課程(陸軍)かどちらかに志願したのではないでしょうか。
大山氏の年齢なら、こちらが合っていそうです。(丁度、20,21才位ですし)
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