中帰連とは
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2003/08/13 11:31 投稿番号: [6801 / 49973]
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/
昭和20年8月9日、いきなり満洲国になだれ込んだソ連軍は約60万の日本人をシベリアに強制連行したのだが、その捕虜は24年までに90%が日本に送還された。
しかし、中共建国の翌年の昭和25年、日ソ友好条約の締結時、一部の捕虜はスターリンから中共にプレゼントされ、撫順に収容された。
捕虜から戦犯に
撫順に収監された日本人は969名で軍人・軍属が約800名、官僚・警察官が約200名であった。
軍人の大部分は関東軍以外で、中支・北支で支那と戦った普通科部隊の将兵で、残りは関東軍・満州国の憲兵や法務、情報、治安関係の将兵だった。
(将官・高級官僚20、佐官級120、尉官級160、下士官・兵・軍属660)
中共に移監された途端に、彼らは「戦犯」という身分に位置づけられた。調べもしないで「戦犯」にしたのは、捕虜のままだと国際法上よろしくないからである。
「認罪運動」
昭和28年末、哈爾浜組も撫順に移ったのだが、反共組と坦白組は隔離された。
この頃、反共組は毛沢東に直訴状を書いている。
昭和29年、周恩来から日本人戦犯に対する罪行調査命令が出され、調査のための「工作団」700名が編成された。
起訴に向けて、工作員が地方まで出かけ証人や証拠が集められ、管理所には被害者からの告発書が続々と集まってきていた。
戦犯の供述書に、日時・場所・人名・数量や人数が妙に詳しいのはこのためである。
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結局は精神的拷問による嘘の刷り込み洗脳の結果が【中帰連】だよ。
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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