angrykorean386さん
投稿者: inuwatabenaide 投稿日時: 2003/05/10 01:06 投稿番号: [4707 / 49973]
こんばんは
始めまして
百済滅亡後、首都の扶余を徹底的に
破壊したのは新羅ですよね。
すべて瓦礫と化して何メートルもの地
層になっていると聞いてます。
私は仕事で何度も韓国に行きましたが、
一度扶余に行って見たかったんですが
それを聞いて行くのを止めました。
朝鮮半島の歴史に於いて勝者は敗者の
文化を破壊してきた経緯がありますね。
多くの文化財が秀吉や倭寇や日帝が破壊し
たとされているようですが、ほとんどは
政権交代の時に破壊されているようですよ。
日本では敵であっても文化財を惜しむ
気風がありましたので、戦乱を乗り越えて
文化や文化財の伝承が行われてきました。
ある戦国大名は所有しているあまたの
名品を惜しみ敵将に落城前に引き渡した
例もあります。
証拠は日本にあると行ったのは古代
朝鮮の研究するには日本の文献や文化財
なくしては成り立たないからです。
問題は貴国の研究のやり方が都合のいい
ところだけを証拠として採用し、同じ文献でも都合の悪いところは無視という事が
多いからです。
日本の文化は日本人の感性と共に
昇華した独自のものです。
すべての文化が半島から伝わったという
仮説に基づくからとんでも説のオンパレードになるのだと思います。
日本の文化がすばらしければすばらしい程
古代朝鮮の文化度がすばらしいかったと
いう事になりますからね。
本来はあったはずという論理ですから。
自国の文献や文化財で証明できない
ジレンマはよく理解できます。
これは メッセージ 4697 (angrykorean386 さん)への返信です.
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