韓国軍がベトナム戦争で行った事
投稿者: valltan2003 投稿日時: 2011/02/19 05:18 投稿番号: [46632 / 49973]
韓国軍の参戦 [編集]
大韓民国海兵隊第2海兵師団(en)(青龍師団)に虐殺されたフォンニ村住民の遺体を収容するアメリカ兵1961年11月、クーデターにより政権を掌握した朴正熙国家再建最高会議議長はアメリカを訪問するとケネディ大統領に軍事政権の正統性を認めてもらうことやアメリカからの援助が減らされている状況を戦争特需によって打開することを意図してベトナムへの韓国軍の派兵を訴えた[2]。ケネディ大統領は韓国の提案を当初は受け入れなかったが、ジョンソン大統領に代わると1964年から段階的に韓国軍の派兵を受け入れた[2]。1965年から1972年にかけて韓国では「ベトナム行きのバスに乗り遅れるな」をスローガンに官民挙げてのベトナム特需に群がり三星、現代、韓進、大宇などの財閥が誕生した[2]。アメリカはその見返りとして、韓国が導入した外資40億ドルの半分である20億ドルを直接負担し、その他の負担分も斡旋し、日本からは11億ドル、西ドイツなどの西欧諸国からは10億3千万ドル調達した。また、戦争に関わった韓国軍人、技術者、建設者、用役軍納などの貿易外特需(7億4千万ドル)や軍事援助(1960年代後半の5年間で17億ドル)などによって韓国は高度成長を果たした[3]。
1965年8月13日に、韓国国会がベトナム派兵に同意する[4]。1965年10月には、陸戦部隊である「猛虎師団」1万数千を派兵して本格的に参戦、国内の最精鋭部隊を投入し、1966年9月3日には白馬部隊もベトナムに上陸する[5]。
タイ王国やフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドなどを含むSEATOの加盟国も、アメリカの要請によりベトナムへ各国の軍隊を派兵したが、韓国軍はSEATO派兵総数の約4倍の規模で、アメリカ以外の国としては最大の兵力を投入した。これは、米韓の協定により、派兵規模に応じた補助金と対米移民枠を得られたこと、軍事統制権をアメリカが持っており自身に権利が無かったこと、さらに韓国自体が、北朝鮮や中華人民共和国などの軍事的脅威を身近に感じていたため、共産主義勢力の伸張に対して強い危機感を持っていたことが理由である。
この派兵の際、各地で韓国軍による戦争犯罪があったとされ、韓国軍兵士は少なくともベトナム人住民9000人を虐殺し[2]、強姦も起こった。生存者の韓国軍の行為に関する証言で共通な点は、無差別機銃掃射や大量殺戮、女性に対する強姦殺害、家屋への放火などが挙げられている[6]。また韓国人とベトナム人女性との間に多数の韓越混血児が生まれたことが確認されている。1966年2月、ビンディン省タイビン村では韓国軍猛虎部隊が住民68名を集めて婦女子を含む65名を虐殺している[2]。
大韓民国海兵隊第2海兵師団(en)(青龍師団)に虐殺されたフォンニ村住民の遺体を収容するアメリカ兵1961年11月、クーデターにより政権を掌握した朴正熙国家再建最高会議議長はアメリカを訪問するとケネディ大統領に軍事政権の正統性を認めてもらうことやアメリカからの援助が減らされている状況を戦争特需によって打開することを意図してベトナムへの韓国軍の派兵を訴えた[2]。ケネディ大統領は韓国の提案を当初は受け入れなかったが、ジョンソン大統領に代わると1964年から段階的に韓国軍の派兵を受け入れた[2]。1965年から1972年にかけて韓国では「ベトナム行きのバスに乗り遅れるな」をスローガンに官民挙げてのベトナム特需に群がり三星、現代、韓進、大宇などの財閥が誕生した[2]。アメリカはその見返りとして、韓国が導入した外資40億ドルの半分である20億ドルを直接負担し、その他の負担分も斡旋し、日本からは11億ドル、西ドイツなどの西欧諸国からは10億3千万ドル調達した。また、戦争に関わった韓国軍人、技術者、建設者、用役軍納などの貿易外特需(7億4千万ドル)や軍事援助(1960年代後半の5年間で17億ドル)などによって韓国は高度成長を果たした[3]。
1965年8月13日に、韓国国会がベトナム派兵に同意する[4]。1965年10月には、陸戦部隊である「猛虎師団」1万数千を派兵して本格的に参戦、国内の最精鋭部隊を投入し、1966年9月3日には白馬部隊もベトナムに上陸する[5]。
タイ王国やフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドなどを含むSEATOの加盟国も、アメリカの要請によりベトナムへ各国の軍隊を派兵したが、韓国軍はSEATO派兵総数の約4倍の規模で、アメリカ以外の国としては最大の兵力を投入した。これは、米韓の協定により、派兵規模に応じた補助金と対米移民枠を得られたこと、軍事統制権をアメリカが持っており自身に権利が無かったこと、さらに韓国自体が、北朝鮮や中華人民共和国などの軍事的脅威を身近に感じていたため、共産主義勢力の伸張に対して強い危機感を持っていたことが理由である。
この派兵の際、各地で韓国軍による戦争犯罪があったとされ、韓国軍兵士は少なくともベトナム人住民9000人を虐殺し[2]、強姦も起こった。生存者の韓国軍の行為に関する証言で共通な点は、無差別機銃掃射や大量殺戮、女性に対する強姦殺害、家屋への放火などが挙げられている[6]。また韓国人とベトナム人女性との間に多数の韓越混血児が生まれたことが確認されている。1966年2月、ビンディン省タイビン村では韓国軍猛虎部隊が住民68名を集めて婦女子を含む65名を虐殺している[2]。
これは メッセージ 46605 (lvl_alpha さん)への返信です.
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