Re: 朝鮮日報のジョン君です
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/08/19 13:53 投稿番号: [45867 / 49973]
http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/1751477/
引用ここまで
しかし、北海道の北端から鹿児島県の南端まで。車で行けないために飛行機を利用した沖縄県を含め、47都道府県を踏破した、ジョン君が私と同じ趣味を持っていたとはねえ。
しかも私が唯一行ったことのない沖縄にまで・・・・メラメラと嫉妬が(笑)。
私が今年の春に行った島根にも行ったのはいいんですが、田舎の人間が領土にどんな不満があるというのか、ですか(笑)。やはり骨の髄からの両班なんですねえ。お父さんは司馬遼太郎の座談会にも出席したほどの有名な作家で朝鮮日報の幹部でしたからね。
あのね、日本は江戸時代以前から地方分権的性向が強くて・・・・と言っても封建時代の経験が無い朝鮮の人には理解できないか。
無理もないんですけどね。封建時代などを経験したのは西欧と日本という、世界ではごく一部だけですから。そしてそれらの国は後日に先進国になりますが。
ジョン君は、小さな田舎のパフォーマンスを取材しに訪れた自分も正直情けなかったが、やはりソウル以外は田舎という韓国人だけに日本の田舎の力量を知らないようですね。
北陸の小さな城下町に生まれ、東北の旧帝大を卒業し、ノーベル化学賞を受賞した時は中堅企業の主任に過ぎなかった田中耕一をファン・ウソク教授と比較したら・・・・無理ですね。
まして江戸時代などは有名な学塾はほとんど地方にあったのです。咸宜園などは九州の片田舎にありましたが、幕末の有為な人物を大勢出しています。
大阪の適塾とか長州の松下村塾なども。長崎にはガイジンが主宰した鳴滝塾などもありました。李朝末期にそんなものが存在しえたかどうか・・・・
”よその土地に行くと、昼夜を問わず運動がてらにジョギングする”・・・こんなところまで私と共通しているんですね。もっとも私の方は数年前に膝を痛めたため、今はもっぱら自転車ですが。
ジョギングでも自転車でも街の隅々まで観察出来るんですよねえ。
まあ朱子学的理念で観察しても、整頓された路地、勤勉な高齢者など、「竹島」に興奮した韓国には何の意味があろうか、と言うんですが、神は細部に宿り給う、なんですよ。
たとえば朝鮮の古道などは、その道を探して歩き回るというのは、命の保障がないほどに危険なことだった、ということですが、日本の、たとえば中山道などはMTBでも走れるほど整備されています。
”どこに行っても「素晴らしい日本」と「悪い日本」が交錯した”・・・素晴らしい日本、とは現実の日本。悪い日本、とは観念上の日本ですね。
ここいらあたりから日本を引き合いに出して韓国を批判するというジョン君のスタイルが生まれたんでしょうか。
それでも朝鮮知識人の通弊として事実を軽視する欠点を持ち合わせていますから、連れてこられた韓国人の陶工の無念、こんな通俗解釈を。
事実は家康という日本の支配者が各大名に命じても捕虜の儒者はともかく陶工は帰りたがらなかったのです。帰れば賎民、残れば貴族でしたから。
朝日新聞はジョン君に近い解釈のようですが。
それにしても日本全国を旅行しているんだから、横浜は1945年、米軍の空襲によって焼け野原になった後、日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれたところだ、なんてアホなことを書くなよな。
好意的に解釈すれば一時横浜に置かれていた太平洋陸軍総司令部(GHQ/AFPAC)と勘違いしたんでしょうが、これだってすぐ東京に移っています。
”特派員生活を年末で終える。韓国に帰ったら、韓国で再び10万キロ旅行を始めようと思う”・・・そうですか。今年限りでジョン君をサカナに出来なくなるんですね。
中央日報のキム・ドンホ君は大丈夫なんだろうな?
引用ここまで
しかし、北海道の北端から鹿児島県の南端まで。車で行けないために飛行機を利用した沖縄県を含め、47都道府県を踏破した、ジョン君が私と同じ趣味を持っていたとはねえ。
しかも私が唯一行ったことのない沖縄にまで・・・・メラメラと嫉妬が(笑)。
私が今年の春に行った島根にも行ったのはいいんですが、田舎の人間が領土にどんな不満があるというのか、ですか(笑)。やはり骨の髄からの両班なんですねえ。お父さんは司馬遼太郎の座談会にも出席したほどの有名な作家で朝鮮日報の幹部でしたからね。
あのね、日本は江戸時代以前から地方分権的性向が強くて・・・・と言っても封建時代の経験が無い朝鮮の人には理解できないか。
無理もないんですけどね。封建時代などを経験したのは西欧と日本という、世界ではごく一部だけですから。そしてそれらの国は後日に先進国になりますが。
ジョン君は、小さな田舎のパフォーマンスを取材しに訪れた自分も正直情けなかったが、やはりソウル以外は田舎という韓国人だけに日本の田舎の力量を知らないようですね。
北陸の小さな城下町に生まれ、東北の旧帝大を卒業し、ノーベル化学賞を受賞した時は中堅企業の主任に過ぎなかった田中耕一をファン・ウソク教授と比較したら・・・・無理ですね。
まして江戸時代などは有名な学塾はほとんど地方にあったのです。咸宜園などは九州の片田舎にありましたが、幕末の有為な人物を大勢出しています。
大阪の適塾とか長州の松下村塾なども。長崎にはガイジンが主宰した鳴滝塾などもありました。李朝末期にそんなものが存在しえたかどうか・・・・
”よその土地に行くと、昼夜を問わず運動がてらにジョギングする”・・・こんなところまで私と共通しているんですね。もっとも私の方は数年前に膝を痛めたため、今はもっぱら自転車ですが。
ジョギングでも自転車でも街の隅々まで観察出来るんですよねえ。
まあ朱子学的理念で観察しても、整頓された路地、勤勉な高齢者など、「竹島」に興奮した韓国には何の意味があろうか、と言うんですが、神は細部に宿り給う、なんですよ。
たとえば朝鮮の古道などは、その道を探して歩き回るというのは、命の保障がないほどに危険なことだった、ということですが、日本の、たとえば中山道などはMTBでも走れるほど整備されています。
”どこに行っても「素晴らしい日本」と「悪い日本」が交錯した”・・・素晴らしい日本、とは現実の日本。悪い日本、とは観念上の日本ですね。
ここいらあたりから日本を引き合いに出して韓国を批判するというジョン君のスタイルが生まれたんでしょうか。
それでも朝鮮知識人の通弊として事実を軽視する欠点を持ち合わせていますから、連れてこられた韓国人の陶工の無念、こんな通俗解釈を。
事実は家康という日本の支配者が各大名に命じても捕虜の儒者はともかく陶工は帰りたがらなかったのです。帰れば賎民、残れば貴族でしたから。
朝日新聞はジョン君に近い解釈のようですが。
それにしても日本全国を旅行しているんだから、横浜は1945年、米軍の空襲によって焼け野原になった後、日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれたところだ、なんてアホなことを書くなよな。
好意的に解釈すれば一時横浜に置かれていた太平洋陸軍総司令部(GHQ/AFPAC)と勘違いしたんでしょうが、これだってすぐ東京に移っています。
”特派員生活を年末で終える。韓国に帰ったら、韓国で再び10万キロ旅行を始めようと思う”・・・そうですか。今年限りでジョン君をサカナに出来なくなるんですね。
中央日報のキム・ドンホ君は大丈夫なんだろうな?
これは メッセージ 45862 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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