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支那に擦り寄らぬ職人気質の日本人

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/04/01 11:17 投稿番号: [40143 / 49973]
「北京はやめました」

  04年8月、サッカーのアジアカップが中国・重慶で開かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出しの憎悪。それが辻谷さんには気がかりだった。悩みに悩んだ末、4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先の運動具メーカーに北京五輪用は作らないと伝えた。去年の11月のことだ。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080331/trd0803310803001-n1.htm

比重にムラのある鉄の塊を削って砲丸を作り、真ん中にぴたりと重心をあわせる。辻谷政久さん(75)の神業の秘密は何か。埼玉県富士見市にある辻谷工業の作業場で汎用旋盤に向かう辻谷さんに聞いた。

  「音と光沢、それに手応えの3つです」

  仕事の手を休め、辻谷さんが説明する。不純物の混じる鋳物の重さを外から確かめることはできない。だが、重いところは削るときの音が高い。逆に軽いところは低い。硬い部分の表面は光り、軟らかい部分は鈍い。そして何よりも重要なのは旋盤の2つのハンドルから手に伝わる感触だ。
ttp://sankei.jp.msn.com/life/trend/080401/trd0804010921007-n1.htm

「お豆腐を切ると、包丁の重さだけですっと切れるでしょ。でもカボチャは力を入れないと切れない。あれと同じですよ」

  競技用の砲丸の素材は9キロほどの鋳物の塊だ。これを旋盤で削り、7.26キロの球体に仕上げていく。

  「一度に100個作ります。14工程あるので1週間かかりますね」

  大切なのは後半の仕上げの工程だ。耳と目と手の感触を総動員して微妙な比重の違いを見分けながら表面を薄く削っていく。研究を重ね、川口の鋳物工場でも体験的に働かせてもらってようやく身につけた技術である。「教えてもほかの人にはできません。経験で覚えなければ」という。

  辻谷さんの砲丸が最初に採用された五輪は1988年のソウルだった。外国の砲丸は表面に色を塗ってある。辻谷さんの砲丸は素材のままだ。五輪後、競技ビデオを買って確かめたら、辻谷さんの砲丸を投げた選手は一人もいなかった。

  外国製の砲丸を取り寄せて2つに割り、中を調べると、空洞があったり、鉛を詰めたりして重さを調節していることが分かった。辻谷さんのように旋盤で削るだけでぴたりと基準の重さにあわせ、しかも重心を真ん中に持って行くといった芸当はできないのだ。
ttp://sankei.jp.msn.com/life/trend/080401/trd0804010921007-n2.htm

表面に色を塗るのは、割った跡の継ぎ目が見えないようにするためでもあるのだが、選手は見た目がきれいな方を選ぶ。どうしたら使ってもらえるか。辻谷さんは指紋にヒントを得て表面に細い筋を入れ、92年のバルセロナに臨んだ。

  五輪では同じ砲丸を32個納入し、競技用に16個、サブグラウンドの練習用に16個が配置される。バルセロナ五輪では、開会式までにその練習用の16個が全部なくなってしまった。

  このため、追加注文があり、あわてて16個を送ったが、その16個も大会終了時にはなくなっていた。スジ入りの砲丸を試し投げした選手が「これはいい」と持ち帰ってしまったのだ。

  バルセロナで、辻谷さんの砲丸は銀メダルを1つ獲得した。だが、それよりも大事なことは追加注文をあわせ32個の砲丸が選手を通じてひそかに持ち出されたことだ。辻谷さんもまた「これはいい」と思った。

  次のアトランタ五輪まで4年、世界に放たれたスジ入りの砲丸は有力選手の間で必ず評判になる。五輪3連覇の偉業が始まる瞬間だった。(宮田一雄)
ttp://sankei.jp.msn.com/life/trend/080401/trd0804010921007-n3.htm

辻谷さんは、北京五輪をボイコット
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