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re:沖縄県庁に批判メール相次ぐ

投稿者: ryuunosuke_tukiko 投稿日時: 2007/10/12 21:22 投稿番号: [38970 / 49973]
お久しぶりです。1年ちょっと前に何回か書き込みをさせていただいた
龍之輔月子です。一時期、掲示板から離れていたのですが、最近、また、
ROMさせていただいておりました。

今回の、沖縄11万人集会に関連した報道につき、鹿児島出身であり、終戦を
鹿児島で迎えた母と話しました。その件で少々、書かせていただきます。

私の母は、鹿児島で生まれ育ち、終戦時は就学直前の年齢だったそうです。
物資が乏しく、節約節制で日々の暮らしにも苦労があり、たびたびの空襲。
祖父を戦場に送った祖母は、心細いながらも近所と助け合って、子供たちの
ために、懸命に日々を「生きて」いたそうです。

そんな日々の中、満州から逃げてきた方々が、船で帰国してきます。
満州で起こったこと、それは、これから沖縄や鹿児島に起きえることだと
我が事として受け止め、皆、泣きながら話を聞き、どうしていいかと
悩みました。まだ幼い母が「嬲られる」という言葉を覚えたのも
このときのことだったとのことです。

「嬲られて、楽に殺してさえももらえず、母子ともにもがき苦しんで
死ぬのならば、その前に一家揃って死にたい」

というのが、夫を父を戦場に送り、つらい日々を送る祖母達の願いであったと。
しかし、物資が不足し、自殺するにも一家心中するにも、道具がない、
毒薬も武器も何もない。死ぬための武器があったら、どれほど助かるかと
当時の認識は、そういったものだったと、母は申しております。

だから、軍が手榴弾を与えたのだとしたら、それは悪意ではなく、
当時としては、「思いやり」以外の何者でもない。
あの集会の主催者が、沖縄や鹿児島で終戦を迎えた者だとしたら、
それを知らない、わからないはずがない、と断言しておりました。

満州から逃げてこられた女性は、成人も子供も髪を切り、皆、男装して
身一つで戻って来られたため、母や近所のこどもたちも同様に、バリカンで
髪を切り、男子と同じように振舞うよう、諭されたとのこと。

その時代時代によって、背景が違いますし、価値観も異なる。
平和な時代から見れば信じられないことも、戦時下では起こった。
自分達が、様々な方々の努力の上で、守られて生きていることを、
平和のありがたさをしみじみと感じました。

「本当にあったことを、本当のままに伝えて欲しい。
捻じ曲げないで後世に伝えて欲しい」
それが、子供ながらも、戦争を生きぬいた者の願いなのだそうです。

政治的なプロバガンダや変更報道を根拠にするのではなく、
当時を真剣に生きた方々の話を聞いて考えることが、本当に大切だなと
感じました。
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