大江健三郎「沖縄ノート」(1)
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/10/07 17:01 投稿番号: [38877 / 49973]
「
沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣
」『週刊新潮』
'07年1月4日・11日号
汚名を着せられた人生
寝耳に水の報道が梅澤氏を襲ったのは、戦後暫く経ってからだった。
「昭和33年の『週刊朝日』を読んで、私も家内も仰天しました。座間味島の住民は梅澤隊長の命令で自決させられたとの記事が、無残な写真と共に報じられていました。家内は精神的にどん底に落ち、私は同期生や軍人の団体にも連絡して、報道が事実無根であることを訴えました。しかし、時代は全て、軍が悪い、軍人が悪いという見方に塗り潰されていましたから、私の反論は誰もとりあげてくれませんでした」
“梅澤隊長命による住民の集団自決”は、家永三郎氏の『太平洋戦争』、中野好夫・新崎盛暉両氏の『沖縄問題二十年』、大江健三郎氏の『沖縄ノート』などによって喧伝され、「梅澤=集団自決命令=軍国主義の悪」の構図が強調された。ノーベル平和賞を受賞した大江氏の『沖縄ノート』は1970年の出版以来、49版を重ねている。
この間、氏の家族は、濡れ衣に苦しんだ。梅澤氏は幾度か職場を変え、夫人は息をひそめて暮らし、子息は都会に住むのを嫌い、人と会わなくて済む地方に移り住んだ。
だが、転機はやってきた。戦後40年目の昭和60年7月30日、「神戸新聞」が「絶望の島民悲劇の決断」「日本軍の命令はなかった」と報じたのだ。大江氏ら“権威”が植えつけた悪しき軍人のイメージが全面否定されたわけではなかったが、それでもこのどんでん返しが梅澤氏にとってどれほど嬉しかったか。それにしてもなぜ、真実は語られ始めたか。梅澤氏が驚くべき経緯を語った。
戦後、全ての日本人がそうであったように、沖縄の住民も食べるに困った。特に沖縄は烈しい戦闘で焼き尽くされ、多数が亡くなった。国の援助を申請したとき、自決というだけでは、軍人でもない一般住民への援助は無理だとされた。そこで考えられたのが、軍によって自決命令が下されたという理由づけだった。
生きるために事実無根の話が創られ、梅澤氏への根拠なき非難が一人歩きを始めたのだ。それを調査せずに喧伝したのが大江氏らである。
つづく
これは メッセージ 38874 (lvl_alpha さん)への返信です.
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