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北韓国の真の工作員猫橋おでき

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/09/22 06:05 投稿番号: [38619 / 49973]
>「アタシが存在するのが嫌だと人が言ったら、自殺しなければならないのか」

お前の「偉大な」大統領はそうするらしいよ。

「私が遊んでいた懐かしい田舎道、牛車がガタガタと走っていた道…」。浪漫を乗せて田舎道を走るこの牛車を牛溲馬勃で汚したのが李承晩(イ・スンマン)大統領だ。

1956年3月5日。 李大統領は第3代大統領選挙への不出馬を宣言した。 「私の年齢はすでに八十を超えて…退くべきだと思う」次の日から政府系団体が立ち上がった。 李大統領が外国メディアの記者に「国民が望むのなら自殺でもする」と述べた後、学生と労組・農民団体も動員された。 「大変だから文書にしなさい」と言った後には、各村に署名を受けようと繰り出し、警察・公務員が非常に苦労した。 牛馬車800台が景武台の前で3選支持行進を繰り広げた。 牛の糞と馬の糞の臭いが立ち込めた。 牛意馬意(理性と判断力を備えた市民の意思ではなく、おろかな大衆が集団的に振り回されること)の政治ショーだ。

牛車は70年代まで田舎では有権者を乗せて運んだ。 交通が不便な時代、牛馬車であれ耕うん機であれ一緒に乗るのに何の問題があるのか。 ゴム靴を配り、マッコリ(濁り酒)を一杯ずつ交わしながら特定候補に投票するよう動員するのに利用さえしなければ。

大衆動員が最高潮に達したのは87年の大統領選挙。 汝矣島(ヨウィド)が最後の決戦場だった。 牛車の代わりに観光バスが動員された。 だが野党候補の集会には自発的な参加者がもっと多かった。 6月抗争の熱気が続いた。 それでも聴衆の数は盧泰愚(ノ・テウ)候補が最も多かった。 大方(デバン)駅など汝矣島につながる道の所々には露骨にプラカードを持った人々が陣を張った。 ○○洞、XX銀行、△△建設…地域別・企業別にプラカードを持ってぞろぞろと汝矣島に入っていった。 出席をとるとすぐに抜け出たが、汝矣島は大勢の人々で埋まった。 バス・地下鉄は牛車に比べてはるかに効果的だった。

大統合民主新党の党内選挙も‘この牛車’が問題だ。 国民選挙をすると言って‘箱丸ごと’で代理受付し、‘バス丸ごと’で動員しているという。 4地域の選挙結果を見ると、残り3候補にも動員疑惑が浮上する。 自発的に申請した人々の投票率がどうすれば20%を下回り、動員がなければどうやって該当地域議員の性向に基づいて没票が出てくるのか。 政党行事がこれまで動員なく可能だったかと言われれば話す言葉はない。 それなら国民選挙という政治ショーは最初からすべきではなかったのではないのか。

しかしまだ分からない。 投票3日前に李大統領が自由党の李範ソク(イ・ボムソク)の代わりに無所属の咸台永(ハム・テヨン)を支援しろと指示することなど、誰が考えていただろうか。 ただ最高齢で野心がないという理由だけで。 孫鶴圭(ソン・ハッキュ)候補のデモはその‘見えない手’に向けた泣訴であろうか。

金鎮国(キム・ジングック)論説委員 <jinkook@joongang.co.kr>
2007.09.21 16:16:06

>李大統領が外国メディアの記者に「国民が望むのなら自殺でもする」と述べた

中央日報の記事で「japanese_chosun」じゃないから不足か?
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