60年ぶり旧ソ連抑留日韓元兵士再会
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/09/19 12:46 投稿番号: [38559 / 49973]
第二次大戦後、旧ソ連での抑留を経験した池田幸一さん(86)=大阪府豊中市=がソウルを訪れ、同じ収容所で暮らした韓国人の申鉉尚さん(84)とこのほど約60年ぶりに再会し、涙を浮かべ喜び合った。
池田さんは「あのころは仲間で一つの黒パンを分け合って食べたこともある」と当時の苦労を振り返り、申さんは「懐かしく、これ以上の感激はない」と手を取り合った。
池田さんは終戦直前に召集され関東軍に配属された二等兵で、申さんは軍曹として朝鮮半島出身者の小部隊を率いていたという。ともに第二次大戦後、旧ソ連のウズベキスタンに強制移送され、炭鉱作業や鉄道建設などに従事した。
池田さんは、旧日本軍兵士としてシベリアなどに抑留された韓国人でつくる「韓国シベリア朔風会」の李炳柱会長に、日本人の抑留経験者によるカンパ約30万円を渡し、日本政府による補償を求め共闘していくことを確認した。(共同)
(2007/09/19 10:19)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/korea/070919/kra070919001.htm旧交を温め互いに励ましあうことに異論は全くないが、「日本政府による補償を求め共闘していくことを確認した」というのはやり過ぎ。
日韓基本条約で個人補償は解決済み。個人に対する補償は韓国政府の個別でなく一括して政府に支払って欲しいとの要求に応じ、日本は支払った。韓国政府は個人に対しては4000万ドルしか支払いせず、経済協力金の殆どは経済復興に回した。その結果、漢江の奇跡を成し遂げ、当時フィリピン以下の貧乏国が発展し国民全体の生活が向上した。当時の韓国政府は個人に全て渡すと、一時的に浪費するだけで何も残らぬという観点から政府一括支払いを要求した。
日本政府の補償を求め共闘する日本人にはまったく困った存在だ。外交問題に個人は突っ込むべきじゃない。
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/38559.html