Re: この事件についても・・・日本政府が謝
投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/07/27 17:14 投稿番号: [37720 / 49973]
>慰安婦を動員した者を処罰したのですから、日本軍は強制連行に反対していたという証拠になると思う
日本軍グアム島守備隊は昭和19(1944)年8月に玉砕し島は米軍に奪還されているので昭和20(1945)年7月のこの裁判は米軍の軍事裁判であって日本軍の軍人が裁かれていないのは該当者が戦死しているためと思われます。ただしこれが「日本軍の関与があったと証明する記録はない」との安倍総理の発言を覆す証拠になるという主張には無理があります。
なお日本軍は玉砕戦という激しい戦闘になっても現地住民が巻き添えにならないよう配慮していたらしく住民の人的被害は軽微であったそうです。
グアムの戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
グアムの歴史
http://www.i-loveguam.com/basic_info/nature.html
【日本占領時代】
1941年12月10日から始まった日本軍による占領は、1944年にアメリカ軍が奪還に成功するまでの2年7ヶ月という短い期間でした。
その間、グアムは大宮島と呼ばれていました。
日本軍占領時代をチャモロ語では「テイエイポン・チャパネス」と呼んでいます。日本の時代という意味です。
第一次大戦後、日本はドイツが持っていたミクロネシア諸島(カロリン諸島)、北マリアナ諸島をドイツに代わり統治していました。
グアムのチャモロ人は、親戚を訪問した時などに日本統治による発展を目の当たりにし、日本人に対し尊敬と賞賛の気持ちを抱いていました。
しかし、真珠湾が日本軍により攻撃された同じ日に、グアムも攻撃を受けました。
アメリカも日本に対し宣戦布告をし、1941年12月10日、5,000名の日本軍によりグアム島は占領されました。
日本軍は、グアム島を「大宮島」と改名しましたが、「偉大なる神の居る島」を意味しています。
ハガニア(アガニア)は明石と改名されました。
日本軍は、歴代の統治者と同様に、島民に日本語を使用することを強制しましたが、実際に日本語が使えたチャモロ人はほんのひと握りだったようです。
チャモロ人がアメリカに対して抱き続けていた忠誠心が原因と言われています。
一方、日本軍は、チャモロ人の住居の自由は保証し、住みたい場所に住むことができました。
1944年になり、アメリカ軍がマリアナ諸島に向かって反撃を強めるに従い、日本軍のチャモロ人に対する態度は日毎に厳しくなっていきました。
島民たちは強制労働をさせられ、島の東部にあるキャンプに集められました。
チャモロ人を隔離した意図はわかっていませんが、結果として、この移動が大多数のチャモロ人の命をアメリカ軍の艦砲射撃から救うことになりました。
1944年7月21日に、アメリカ軍がグアムを奪還し、1950年にアメリカの自治属領(準州)となり、現在に至ります。
日本軍グアム島守備隊は昭和19(1944)年8月に玉砕し島は米軍に奪還されているので昭和20(1945)年7月のこの裁判は米軍の軍事裁判であって日本軍の軍人が裁かれていないのは該当者が戦死しているためと思われます。ただしこれが「日本軍の関与があったと証明する記録はない」との安倍総理の発言を覆す証拠になるという主張には無理があります。
なお日本軍は玉砕戦という激しい戦闘になっても現地住民が巻き添えにならないよう配慮していたらしく住民の人的被害は軽微であったそうです。
グアムの戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
グアムの歴史
http://www.i-loveguam.com/basic_info/nature.html
【日本占領時代】
1941年12月10日から始まった日本軍による占領は、1944年にアメリカ軍が奪還に成功するまでの2年7ヶ月という短い期間でした。
その間、グアムは大宮島と呼ばれていました。
日本軍占領時代をチャモロ語では「テイエイポン・チャパネス」と呼んでいます。日本の時代という意味です。
第一次大戦後、日本はドイツが持っていたミクロネシア諸島(カロリン諸島)、北マリアナ諸島をドイツに代わり統治していました。
グアムのチャモロ人は、親戚を訪問した時などに日本統治による発展を目の当たりにし、日本人に対し尊敬と賞賛の気持ちを抱いていました。
しかし、真珠湾が日本軍により攻撃された同じ日に、グアムも攻撃を受けました。
アメリカも日本に対し宣戦布告をし、1941年12月10日、5,000名の日本軍によりグアム島は占領されました。
日本軍は、グアム島を「大宮島」と改名しましたが、「偉大なる神の居る島」を意味しています。
ハガニア(アガニア)は明石と改名されました。
日本軍は、歴代の統治者と同様に、島民に日本語を使用することを強制しましたが、実際に日本語が使えたチャモロ人はほんのひと握りだったようです。
チャモロ人がアメリカに対して抱き続けていた忠誠心が原因と言われています。
一方、日本軍は、チャモロ人の住居の自由は保証し、住みたい場所に住むことができました。
1944年になり、アメリカ軍がマリアナ諸島に向かって反撃を強めるに従い、日本軍のチャモロ人に対する態度は日毎に厳しくなっていきました。
島民たちは強制労働をさせられ、島の東部にあるキャンプに集められました。
チャモロ人を隔離した意図はわかっていませんが、結果として、この移動が大多数のチャモロ人の命をアメリカ軍の艦砲射撃から救うことになりました。
1944年7月21日に、アメリカ軍がグアムを奪還し、1950年にアメリカの自治属領(準州)となり、現在に至ります。
これは メッセージ 37716 (hide_tama88 さん)への返信です.
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