Re: Re: Re: 当時の朝鮮人の平均所得
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/15 10:34 投稿番号: [36674 / 49973]
>>同地方は昨年の凶作に食物なくて面協議員の如き地方有力者にして米飯を食する者がないと云う惨状を呈しているが、これに反し金鉱地帯だけは白い米の御飯を食べている
>昭和6年は全国的に凶作の年だったので、江原道も例外に漏れず、「春窮」に耐えていたのね。
>「豊かな日常生活を多くの朝鮮人と日本人が同時に楽しんでいたのである」とは、良く言ったものよ。
また、自爆かあ。
「凶作」が原因。
「春窮」が常だった「李朝」と「解放後」と比較すること。
(何度指摘しても、学習しないヤツ。)
韓国では、1970年代まで「春窮」が存在した。
雑穀・麦飯を混ぜて食べるのが普通。
白米だけになったのは、ようやく’80年代のこと。
--------------
-
李承晩
農業政策はほぼ無策で、工業政策の踏み台に近かった。インフレ抑制の一環として、低米価政策が取られたが、これは「三白産業」の発展を利すものであり、農業従事者の賃金の低下/不安定化を招き、春窮農民が増大化することになった。李承晩政権の末期には、春窮農民が農業従事者の半数に達した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9
--------------
-
フランス人宣教師シャルル・ダレ著『朝鮮事情』。
『1871年から1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲 い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に一人当たり米一升で売る者もいた。北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は、惨たらしい国情を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。』
これは メッセージ 36670 (bojinyo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/36674.html