Re: Re: Re: Re: 『幻の三中井百貨店』
投稿者: bojinyo 投稿日時: 2007/05/10 15:58 投稿番号: [36402 / 49973]
統計が出たところで、「豊かな日常生活を多くの朝鮮人と日本人が同時に楽しんでいたのである」という文章に戻る訳だけど、昭和8年から14年の6年間で、京城に住む韓国人の人口が2万人減ってるのよね。ところが、日本人の人口は3万人増えてるの。京城市民として「豊かな日常生活」を楽しんでいれば、人口が増えるのが普通なのに、京城の韓国人の人口は逆に減っているのよね。
私の祖母の実家のような大地主の家は、そこらの成金日本人とは比べ物にならないほどの大金持ちだったから、三越では買物をしても、いつも外商に回していたそうなの。でも、そういう韓国人はまれだったのよ。当時、2,000万人いた人口のなかで、祖母のレベルまでとは行かなくても、半島在住日本人と同レベルの「豊かな日常生活」を送っていた韓国人は、決して多かったとは言えないと思うわ。
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昭和8年(1933)では総人口2079万人、そのうち日本人54万人つまり2.6%ですが、京城では総人口38万2千人、そのうち日本人10万7千人28%です。
昭和14年では総人口2280万人、そのうち日本人65万人つまり2.8%ですが、京城では総人口39万3千人、そのうち日本人13万8千人35%です。
三中井の客層は、85%〜90%が日本人中流サラリーマン、
丁字屋は、60%が朝鮮人で、40%か日本人、
三越は、朝鮮人が60〜70%で、日本人が30〜40%、
和信は、一般の朝鮮人が客層であったようです。
これは メッセージ 36397 (monju_jz さん)への返信です.
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