経歴詐称?
投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/03/16 00:07 投稿番号: [35818 / 49973]
ホントだったらすごいスキャンダルだよ。
http://specialnotes.blog77.fc2.com/
詐称の可能性は「90%以上」
だが、かくなる動きは、読者がお気づきのように、特定国が得意の「捏造」によって「カード」化しようとする策動に過ぎない。我々は、「真実」をもって、断固として、これを粉砕すべき時局にある。
読者はご存知の通り、マイク・ホンダの経歴にあった「ベトナム戦争に従軍」「JFKの「平和部隊」に所属」はすでに虚偽であり、軍隊経験は無かったことが産経新聞によって指摘されている。また、現時点までの筆者の関係の調査では、同議員が親とともに収容されていたというコロラド(アマチ: Amache)の 収容所の記録にも名前は確認できていない。
同収容所の開設期間は、1942年8月27日から同45年10月31日まである。ピーク時は、7,318人の日系人が収容されたとの記録があるが、「マイク・ホンダ(Michael Makoto Honda)」の名前、または幼子を連れた「ホンダ(Honda)」の家族名を未だに確認できていないのである。もう一度だけ、再調査の依頼を出しているが、そこに「存在しなかった」とすれば、この収容所の経験も虚偽になる。関係者によれば、詐称の可能性は90%以上とのことだ。
また、「カリフォルニアに戻った」のが1953年と自記しているが、収容所の閉鎖はそれよりおよそ8年前の1945年10月31日である。収容所出所の時期も明確ではないが、実際に収容所に存在していたとすれば、45年10月31日かそれ以前に出所していたことになるが、それまでの約「8年間」は何処で何をしていたのか、空白であり、同議員の「存在」の証拠も確認できていない。
先稿で述べたが、同議員は米国生まれではなかった可能性が濃厚。勝手な推測は慎むべきだが、およそ1953年(この年で同議員は11〜12歳)の時分以前に、母国語が英語ではなかったとすれば、あのネイティブとは思い難い東洋系のアクセントや、両親の名前を明かさない、子供の頃の写真も披露しない、幼馴染が1人もいないという「理由」が理解できる。
本物の米国生まれであれば、まして「三世」であれば、言葉(英語)はやはり流暢なネイティブであり、1つのカルチャーとして、幼い頃の写真や思い出、エピソードや幼馴染などを披露する傾向が米社会にはあるが、ホンダ議員はその逆である。
あくまで、マイク・ホンダ議員は私人ではなく「公人」である。第三者が、「公人」出自を明らかにすることは、同議員の言動の根拠を理解するための必要である。
一部にあるような、それは「差別」、「個人攻撃」である、との批判論理には、この場合に当てはまらない。まして、マイク・ホンダ議員はその立場を濫用し、特定国策動のエージェントとして、世界中に、これだけの侮日宣伝を振りまいている。日本国民に多大な苦痛をおよぼしているのである。
その公的責任は問われるべきである。さらに、万一、「詐称」とあれば、米国内では議員辞職にも匹敵する罪となる。ゆえに、米国内でそれを客観的に判断していただくために提案書をすでに送付した。今後の成り行きが楽しみである。
http://specialnotes.blog77.fc2.com/
詐称の可能性は「90%以上」
だが、かくなる動きは、読者がお気づきのように、特定国が得意の「捏造」によって「カード」化しようとする策動に過ぎない。我々は、「真実」をもって、断固として、これを粉砕すべき時局にある。
読者はご存知の通り、マイク・ホンダの経歴にあった「ベトナム戦争に従軍」「JFKの「平和部隊」に所属」はすでに虚偽であり、軍隊経験は無かったことが産経新聞によって指摘されている。また、現時点までの筆者の関係の調査では、同議員が親とともに収容されていたというコロラド(アマチ: Amache)の 収容所の記録にも名前は確認できていない。
同収容所の開設期間は、1942年8月27日から同45年10月31日まである。ピーク時は、7,318人の日系人が収容されたとの記録があるが、「マイク・ホンダ(Michael Makoto Honda)」の名前、または幼子を連れた「ホンダ(Honda)」の家族名を未だに確認できていないのである。もう一度だけ、再調査の依頼を出しているが、そこに「存在しなかった」とすれば、この収容所の経験も虚偽になる。関係者によれば、詐称の可能性は90%以上とのことだ。
また、「カリフォルニアに戻った」のが1953年と自記しているが、収容所の閉鎖はそれよりおよそ8年前の1945年10月31日である。収容所出所の時期も明確ではないが、実際に収容所に存在していたとすれば、45年10月31日かそれ以前に出所していたことになるが、それまでの約「8年間」は何処で何をしていたのか、空白であり、同議員の「存在」の証拠も確認できていない。
先稿で述べたが、同議員は米国生まれではなかった可能性が濃厚。勝手な推測は慎むべきだが、およそ1953年(この年で同議員は11〜12歳)の時分以前に、母国語が英語ではなかったとすれば、あのネイティブとは思い難い東洋系のアクセントや、両親の名前を明かさない、子供の頃の写真も披露しない、幼馴染が1人もいないという「理由」が理解できる。
本物の米国生まれであれば、まして「三世」であれば、言葉(英語)はやはり流暢なネイティブであり、1つのカルチャーとして、幼い頃の写真や思い出、エピソードや幼馴染などを披露する傾向が米社会にはあるが、ホンダ議員はその逆である。
あくまで、マイク・ホンダ議員は私人ではなく「公人」である。第三者が、「公人」出自を明らかにすることは、同議員の言動の根拠を理解するための必要である。
一部にあるような、それは「差別」、「個人攻撃」である、との批判論理には、この場合に当てはまらない。まして、マイク・ホンダ議員はその立場を濫用し、特定国策動のエージェントとして、世界中に、これだけの侮日宣伝を振りまいている。日本国民に多大な苦痛をおよぼしているのである。
その公的責任は問われるべきである。さらに、万一、「詐称」とあれば、米国内では議員辞職にも匹敵する罪となる。ゆえに、米国内でそれを客観的に判断していただくために提案書をすでに送付した。今後の成り行きが楽しみである。
これは メッセージ 35813 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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