百年間守り続けてきたニダ
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/04/22 22:25 投稿番号: [32271 / 49973]
妄想が果てしなく広がる馬鹿民族。
韓国は、何か主張するたびに必ずボロが出るからヤメ!
>沈中領の曽祖父は1906年3月28日突然姿を現わした日本の島根県の役人たちに会って
それ以前、江戸時代にすでに日本領でしたが何か?
>大型の太極旗(テグッキ・韓国の国旗)を掲げて写真撮影に応じた。
あの、大清属国の入った国旗だね。
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百年間独島を守り続けてきた一族
朝鮮時代の沈興沢・鬱陵郡首の子孫・沈載奉中領
日本の巡視船による独島(日本名竹島)海域侵犯のニュースに接するたびに100年前に撮った古い写真を見ながら護国への意志を新たにする海軍将校がいる。海軍福祉勤務支援団の企画運営処長・沈載奉(シム・ジェボン/47/海士37期)中領(陸上自衛隊の二等陸佐に当たる)がその人だ。
沈中領の曽祖父は1906年3月28日突然姿を現わした日本の島根県の役人たちに会って厳しくとがめたという「独島の守護神」沈興沢(シム・フンテク)鬱陵郡首だ。当時、島根県の神西事務官をはじめとするおよそ10人は、船に乗って鬱陵島の役所を訪れた。
その前年度(1905年2月)に、独島を島根県の領土として秘密裏に編入した日本が、独島調査団の名目で独島を訪ねた後、鬱陵島に立ち寄ったのだ。沈郡首は、朝廷に(本軍)所属の独島に対して日本の役人らが訪ねて独島が日本の領土になったので、視察のために来たと述べた」という緊急報告を提出した。
沈郡首の報告によって中央政府から日本人の動向を報告せよという指示が出された。黄城新聞などで、これに抗議する記事が大々的に報じられた。当時、沈郡首は日本官吏たちの記念撮影の要求に対し、機転を利かせて独島は朝鮮の領土とアピールするかのように、大型の太極旗(テグッキ・韓国の国旗)を掲げて写真撮影に応じた。
沈中領は、子どもの頃から曽祖父の話に感動を受けて海軍士官学校に進学した。妻のウォン・ヨンヒさん(46)は、3年前に除隊した元海軍中領(海軍統合病院・看護部長)で、長男のセジンさん(23)も、父の意志を受け継いで海軍に入隊した。沈中領は最近、鬱陵島・独島防御を担当している海軍士官学校の同期生にも電話をかけて「曽祖父の魂が宿っている独島をきちんと守ってほしい」と頼んだ。
沈中領は、「今年は折しも曽祖父が独島という名称を公式文書に使ってからちょうど100年目になる年で、先月はシンポジウムも開かれた」とし、「独島を守ろうとする祖先たちの努力を忘れてはいけない」と強調した。
国立博物館は、本紙の「独島の守護神・沈興沢」というタイトルの記事(2005年3月9日付本紙)が報道されて以来、沈郡首を再評価する作業に着手し、先月から全国ツアーに突入した「行ってみたいわたしたちの領土、独島」特別展示会で、「独島の守り神」という副タイトルで、「沈興沢館」を別途設置した。国立海洋調査院も昨年末、鬱陵島と独島隣近の海域の海底山、海底盆地18か所に異斯夫(イ・サブ)海山、 沈興沢(シム・フンテク)海山など独島を守った偉人の名前にちなんだ名称をつけた。
朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/22/20060422000006.html
韓国は、何か主張するたびに必ずボロが出るからヤメ!
>沈中領の曽祖父は1906年3月28日突然姿を現わした日本の島根県の役人たちに会って
それ以前、江戸時代にすでに日本領でしたが何か?
>大型の太極旗(テグッキ・韓国の国旗)を掲げて写真撮影に応じた。
あの、大清属国の入った国旗だね。
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百年間独島を守り続けてきた一族
朝鮮時代の沈興沢・鬱陵郡首の子孫・沈載奉中領
日本の巡視船による独島(日本名竹島)海域侵犯のニュースに接するたびに100年前に撮った古い写真を見ながら護国への意志を新たにする海軍将校がいる。海軍福祉勤務支援団の企画運営処長・沈載奉(シム・ジェボン/47/海士37期)中領(陸上自衛隊の二等陸佐に当たる)がその人だ。
沈中領の曽祖父は1906年3月28日突然姿を現わした日本の島根県の役人たちに会って厳しくとがめたという「独島の守護神」沈興沢(シム・フンテク)鬱陵郡首だ。当時、島根県の神西事務官をはじめとするおよそ10人は、船に乗って鬱陵島の役所を訪れた。
その前年度(1905年2月)に、独島を島根県の領土として秘密裏に編入した日本が、独島調査団の名目で独島を訪ねた後、鬱陵島に立ち寄ったのだ。沈郡首は、朝廷に(本軍)所属の独島に対して日本の役人らが訪ねて独島が日本の領土になったので、視察のために来たと述べた」という緊急報告を提出した。
沈郡首の報告によって中央政府から日本人の動向を報告せよという指示が出された。黄城新聞などで、これに抗議する記事が大々的に報じられた。当時、沈郡首は日本官吏たちの記念撮影の要求に対し、機転を利かせて独島は朝鮮の領土とアピールするかのように、大型の太極旗(テグッキ・韓国の国旗)を掲げて写真撮影に応じた。
沈中領は、子どもの頃から曽祖父の話に感動を受けて海軍士官学校に進学した。妻のウォン・ヨンヒさん(46)は、3年前に除隊した元海軍中領(海軍統合病院・看護部長)で、長男のセジンさん(23)も、父の意志を受け継いで海軍に入隊した。沈中領は最近、鬱陵島・独島防御を担当している海軍士官学校の同期生にも電話をかけて「曽祖父の魂が宿っている独島をきちんと守ってほしい」と頼んだ。
沈中領は、「今年は折しも曽祖父が独島という名称を公式文書に使ってからちょうど100年目になる年で、先月はシンポジウムも開かれた」とし、「独島を守ろうとする祖先たちの努力を忘れてはいけない」と強調した。
国立博物館は、本紙の「独島の守護神・沈興沢」というタイトルの記事(2005年3月9日付本紙)が報道されて以来、沈郡首を再評価する作業に着手し、先月から全国ツアーに突入した「行ってみたいわたしたちの領土、独島」特別展示会で、「独島の守り神」という副タイトルで、「沈興沢館」を別途設置した。国立海洋調査院も昨年末、鬱陵島と独島隣近の海域の海底山、海底盆地18か所に異斯夫(イ・サブ)海山、 沈興沢(シム・フンテク)海山など独島を守った偉人の名前にちなんだ名称をつけた。
朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/22/20060422000006.html
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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