>なぜ日本が気になるのだらう。
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/03/06 23:26 投稿番号: [31223 / 49973]
本日、出張で一日中支店に行っておりまして、そこの上司とそういう話になりました。
上司「東亜君、昨日から韓国人がお祭り騒ぎだよ」
東亜「あっ、野球の話ですね」
上司「せやねん。向こうののマスコミはみんな大騒ぎやで。・・・いつも日本を気にして比較したがるんやもんなぁ(苦笑)」
東亜「ははは」
その上司は韓国語もでき、韓国人に友人も多いのですが(某地方紙の論説担当者もいます)、このように「媚韓」ではないので、よく話が合います。飲み会で酔ったときは、互いに韓国語・北京語で話す仲です・・・
その上司、半年前の飲み会で「今中国語勉強しとんねん。最初ににおぼえたんがこれや」といって私に『ニィ幹什麼アァ?(おまえ、何すんねん)』と言いました。・・・・・・それ、私が一番最初におぼえた言い回しですやん、と即座に突っ込みました。
余談が過ぎましたが、朝鮮にとってきらびやかな文化は、つねに支那から来るものでした(東アジア全体がそうといえばそうですが)。ゆえに、支那は仰ぎ見るべき存在だったのです。
ところが、明治維新以降、まったく違うきらびやかな文化、いや西洋の文明が日本を通じて『逆流』してきました。
ある意味、朝鮮にとって日本は、日本にとっての「ペリー」「黒船」といったアメリカのような存在なのかもしれません。
かつての日本における文化人が「アメリカでは・・・」と前置きして文化評論をぶっていたのを連想したりします。
また、支那に抑えつけられていたぶん、他国を中華式序列意識の中で見下さないと自尊心、いや精神の平衡が保ちがたいというのもあるのかもしれませんね。
これは メッセージ 31216 (sweet_japon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/31223.html