Re: 大ウソツキ中央日報
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2006/02/10 23:09 投稿番号: [30841 / 49973]
>18世紀半ばから本格化した日本の入れ墨は
ここからして既に「イタイ」・・・
「魏志倭人伝」の「黥面文身」
「日本書紀」の中にも「入れ墨」の記載が多々ある。
(景行27年2月条、履中元年4月条、同5年9月条、雄略11年10月条、etc・・・)
元々日本の「入れ墨」は
>南太平洋の島の住民らにとって入れ墨は、重要な生活方式であり儀式だった。
>単なる装飾ではなく、神に対する畏敬の念と呪術的な性格もあった。
↑
と、同じ。
「古モンゴロイド」系も共通(今の中国南部〜東南アジア少数民族もそうだしょ)
>18世紀半ばから本格化した日本の入れ墨は「権威に対する抵抗」の意味を内包している。
タァ〜〜〜コ!
18世紀日本の「入れ墨」は「刑罰」じゃ!(笑)
それ以外なら「彫り物」と言わんかいっ!(笑)
貨幣経済の発達、町人の発展に伴って、装飾としての彫物の技術も発達し、
この時代(17〜19世紀)の他国に例を見ない多色のものが発明されたけどな。(他には「透かし彫り」なんかも)
んが、そんな「彫り物」を入れる者は「任侠」の者か、「粋筋」の少数の女衆。
あくまで己が「内面」に対する「道・筋」を通す為の「心意気」なんだがなぁ?
(他には、今も昔も変わらぬ「チンピラ」「阿婆擦れ」くらいじゃい。)
日本でも、「墨」を入れる事は、
>我が身は親から受け継いだものだから、それを傷付けないのが「孝」の始まり、という儒教的思想
は、普通にあったんだがなぁ・・・?
>「権威に対する抵抗」の意味
?
>皇室が、皇族や部族以外には華麗な色相の着物の着用を禁じると
??
>下層民らは全身を覆う入れ墨で統治権力に向かいあったのだ。
???
honky氏も言っておられるが、当時の日本の二重体制をまぁ〜〜ったく、理解していない。
流石は、いつぞやの某大手新聞で「複雑すぎる日本の中世の歴史」とかなんとか、のたまってた脳ミソだけはある(笑)
18世紀に皇室が「禁令」を出せるだけの政治権力を持っていたとでも言うのか。
そんなもの、12世紀にゃ、失っていたワイ。
皇室が、「皇族や部族(貴族、じゃないのかい?)以外には華麗な色相の着物の着用を禁じ」た?
確かに「麹塵(きくじん)」(灰色がかった緑)の様に。
天皇が平常時に着る袍(ほう)の色であり、側近の公家衆にのみ、特別に着用を許す色もあったが。
阿呆が。
要は幕府が度々出した奢侈禁令だろうが・・・
それの反動が「全身を覆う入れ墨で統治権力に向かいあった」?
大阿呆。
その「反動」は「侘び寂び」「粋」なんだがなぁ?
少しは「前調査」してから記事書けよ。
自国内じゃともかく。
「日本語版」出してるんだろ。
恥を晒しまくる、ってのもどうか・と思うぞ?(苦笑)
これは メッセージ 30837 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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