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モンゴルと高麗の関係研究

投稿者: pyeongyang_kim 投稿日時: 2005/10/01 19:03 投稿番号: [28215 / 49973]
歴史をき帳面に見れば, 世界を無力で踏み付けた元国が高麗との関係の中では体面をしわくちゃにする事が多かったです. モンゴルが戦争を通して征腹した国を副馬国(〓馬国)にした場合はほとんどないです. 大部分モンゴルの治者たちは使臣を殺すとか自分たちに対抗した君主に対しては徹底的に仕返しするのに高麗のように副馬国にして国体(国体)を維持させてくれたことは非常に珍しい場合です.

具体的にその一部を見れば, 1224年元国は低高で(扎古雅) などを高麗に使臣に送ったが途中につい殺害されてしまいます. その後元国太宗 3年(1231) サリタイ(薩里台, または 撒礼塔)に命じて高麗を征伐するようにします. しかし高麗高宗が弟(妹)を送って強化を要請するとそのまま受け入れます(『元史』208 高麗伝). 同じ場合が違う地域で発生した時は焦土化(焦土化)させたこととは非常に対照的な行動を見せています(元国皇帝の使臣を殺すということはまさにその国がその時間以後灰燼になって大部分の人々が虐殺されることを意味するのに言葉です. モンゴルは降伏すれば平和に受けてくれるが反抗するとか対抗すれば徹底的に仕返しして戒める特性を持った私ですって). この部分を現在韓国の高校国史教科書でも異例的に扱っています.

"煮こもうとする長年の抗争結果院に征服されたとか属国になった他の国とは違い原義副馬国になった. 高麗の国王は原義公州と結婚して院皇帝の副馬になったし, 王室の呼称と柄が副馬国にふさわしいことに変わった[国史編纂委員会 『国史』(教育人的資源部 : 2005) 88ページ]."

変な事です. モンゴルジュシンドルがバンドジュシンに対する非常に強い同質性を持っていることを見せてくれる代表的な場合と言えます. 元国調整は歴代高麗王に公州を出嫁させて元国皇室との血統的な結合を追い求めたのです.

だけでなく元国世祖は当時マンズジュシン(搖り返し)らが高麗地を侵犯する事があるとこれを厳禁するように措置して管(官)にとって高麗国民を保護するようにして罷仕部(婆娑府)に命じて軍隊を屯田するようにして鴨緑江西部地域を守るようにします(乙未, 禁女直侵軼高麗国民, 其使臣往還, 官為護送. 命婆娑府屯田軍移駐鴨緑江之西, 以防海道 :『元史』巻6 本紀第6 世祖).

皆さんも時間が出れば 『怨辞(元史)』を一度見てください. 以上するほど 『怨辞』には高麗(高麗)に対する記録が特に多いというのです. 中国の他のどんな四書よりも高麗に対する記録が多いです. 元国はまるで高麗を除外と他の国とは国交(国交)もなかったように見えたりします
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