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「日本へ帰る切符だ」

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/07/28 15:41 投稿番号: [25162 / 49973]
>北朝鮮が食糧危機に陥った90年代後半、夫は「東の方に向けて埋めてくれ」と言い残し、日本の地を夢見ながら病死した。

その旦那の日本の戸籍謄本のおかげで、日本に「帰国」出来たってか。

よかったな、亡くなった旦那がハーフで。

で、やはり青い鳥は、「日本」にいたわけだね。

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<脱北女性>娘の消息7年ぶり判明   夫が残した戸籍謄本支え

  北朝鮮から脱出して02年に日本に戻った元在日朝鮮人女性が、先に脱北して行方が分からなくなっていた娘の消息を7年ぶりに確認した。中国での潜伏生活の末、韓国にたどりついた娘から今月かかってきた国際電話。「オモニ(お母さん)」「元気だったかい?」。無事を喜び合った2人は、日本での再会を待ちわびている。
  女性は在日2世で50代。帰還事業で60年代に両親らと北朝鮮へ渡った。現地で日本から帰還した男性と結婚。工場などで共働きして娘を育てた。
  母親が日本人の夫は、日本から持って来た自分の戸籍謄本を「日本へ帰る切符だ」と時折示し、一家での帰国を夢見ていたという。
  だが、北朝鮮が食糧危機に陥った90年代後半、夫は「東の方に向けて埋めてくれ」と言い残し、日本の地を夢見ながら病死した。残された女性は、野草や油かす、米ぬかを口にし、「真夏に4日間水だけ」という過酷な生活も味わった。娘との脱北を決意した。
  しかし、女性は協力者に断られ、98年に娘だけが「必ずお母さんを呼び寄せる」と言って、中朝国境の川を渡った。7カ月後に女性も脱北を果たしたが、娘の所在は分からなくなっていた。
  女性は中国に潜伏中、夫が持っていた戸籍謄本の写しを同封し、救出を訴える手紙を日本赤十字社に出した。それがきっかけで、02年に日本帰国を果たした。帰国後も、女性は支援者らを通じて娘の安否確認を続けた。
  消息がつかめたのは今年6月。関係者から届いた手紙に、娘のことが書いてあった。そして今月初め、韓国にある脱北者の定着訓練施設にいた娘から国際電話が入った。30代になった娘は「一日も早く日本へ行きたい」と訴えたという。
  女性は「これほどうれしかったことはない。夫が残してくれた戸籍謄本が、私たちを支えてくれた。娘はいずれ日本に呼び寄せたい」と話す。女性の相談に乗っている脱北者支援のNGO「北朝鮮難民救援基金」の加藤博事務局長は「脱北した家族が、7年も空白があって連絡が取れたケースは珍しい」と話している。【西脇真一】
(毎日新聞) - 7月28日15時5分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050728-00000079-mai-soci
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