徐賢燮氏
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/06/17 13:22 投稿番号: [23513 / 49973]
>朝鮮での雨森芳洲にあたる存在として、15世紀李王朝の首相を務めた学者、申叔舟(シンスクチュ)を紹介した著書を金大中大統領に贈呈し、その後、来日した大統領が演説で取り上げたことも徐さんの誇りだ。
その本、岩波文庫にもなった『海東諸国紀』だろう?
え? 金大中はその本も知らなかったのか????????
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/9/3345810.html
今品切れか。あー、買っておいて良かった。
そりゃマズいだろう。あれは、外国人が書いた日本に関するレポートとしては、第一級だぞ。偏見を除いて、自分で現地調査・史料調査をしただけで書き上げた力作だからな。
やはり彼ら、自国で書かれた本を知らなさ過ぎる。
おっと! ニテーイが燃やしたニダ!は通用せんぞ。ちゃんと双方に残っているんだから。
つまり、彼らが不勉強なだけだ。徐氏が、一般的に考えて、まあ普通であるだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
友情・日韓国交正常化四十年:
/3 知日外交官が道開く /長崎
韓国の盧泰愚(ノテウ)大統領が90年、来日した際の宮中晩さん会の演説で、朝鮮との善隣外交を推し進めた対馬藩の儒学者、雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)を取り上げた。これが、朝鮮通信使を通じたその後の日韓友好を盛り上げたというのが両国で一致した見方だ。
「最初は新井白石が紹介されるはずだった」。当時、日本大使館で演説原稿作りの責任者だった徐賢燮(ソヒョンソプ)さん(60)は舞台裏を明かす。「演説の初稿にあった白石は、善隣外交に反対した強硬派の儒学者。日本で有名というだけで取り上げられた」。一方、芳洲はほとんど知られていなかったが、徐さんは周囲を説得して白石と差し替えた。
「日本に関するナンバーワンの外交官になろうと一生懸命勉強した」と話す徐さんは、明治大で博士号を取得、両国の交流史にも詳しかった。「私は種をまいただけ。知っていることを偉そうに言いたいというミエよ」と笑うが、友好の先達を取り上げ、隣同士仲良くすべきというメッセージを両国民に送ろう、という明確な狙いもあった。
朝鮮での雨森芳洲にあたる存在として、15世紀李王朝の首相を務めた学者、申叔舟(シンスクチュ)を紹介した著書を金大中大統領に贈呈し、その後、来日した大統領が演説で取り上げたことも徐さんの誇りだ。
現在は釜慶(プギョン)大教授を務め、「アニメなどを通じ日本文化を肌で感じている。大学の図書館では人気の10位に日本の本が4、5冊入る」と、反日・嫌日一辺倒ではない若い世代に期待を寄せる。
竹島(韓国名・独島(トクド))問題を発端に反日感情が悪化したときは、ソウルに留学する日本人学生の相談役を務めた。ぎくしゃくした外交・政治が市民に与える影響を自分の目で確かめようと4月下旬、韓国ドラマ「冬のソナタ」のロケ地ツアーに参加した。反日感情をものともしないヨン様人気に、文化面での両国の交流の定着ぶりを実感した。
徐さんは今も月に数回来日し、両国の友好関係の発展に心を砕く。日本には「友好の精神に水をかけるようなことをしない行動を」と注文するが、反日感情の高まりを決して悲観していない。「隣同士だから曇ったり晴れたりは当たり前。お互いにちゃんと理解し合ったら反日・反韓にはなれない。相互依存した両国で、対立は長引かない」と思うからだ。【横田信行】
………………………………………………………………………………………………………
◇徐賢燮さん
全羅南道求礼出身。75年に外交官となり、同年からと88年からの2回、日本大使館に勤務。98年には自ら希望し駐福岡総領事、01年に駐横浜総領事。駐ローマ法王庁特命全権大使も務めたカトリック教徒。「日本は無い」という本が韓国で人気を呼ぶと、日本への偏見がはびこるのは危険として、著書「日本の底力」(原題「日本はある」)で反論した。04年6月に退官。現在は九州大学特任教授。ソウル市在住。
毎日新聞 2005年6月17日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/nagasaki/news/20050617ddlk42040407000c.html
その本、岩波文庫にもなった『海東諸国紀』だろう?
え? 金大中はその本も知らなかったのか????????
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/9/3345810.html
今品切れか。あー、買っておいて良かった。
そりゃマズいだろう。あれは、外国人が書いた日本に関するレポートとしては、第一級だぞ。偏見を除いて、自分で現地調査・史料調査をしただけで書き上げた力作だからな。
やはり彼ら、自国で書かれた本を知らなさ過ぎる。
おっと! ニテーイが燃やしたニダ!は通用せんぞ。ちゃんと双方に残っているんだから。
つまり、彼らが不勉強なだけだ。徐氏が、一般的に考えて、まあ普通であるだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
友情・日韓国交正常化四十年:
/3 知日外交官が道開く /長崎
韓国の盧泰愚(ノテウ)大統領が90年、来日した際の宮中晩さん会の演説で、朝鮮との善隣外交を推し進めた対馬藩の儒学者、雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)を取り上げた。これが、朝鮮通信使を通じたその後の日韓友好を盛り上げたというのが両国で一致した見方だ。
「最初は新井白石が紹介されるはずだった」。当時、日本大使館で演説原稿作りの責任者だった徐賢燮(ソヒョンソプ)さん(60)は舞台裏を明かす。「演説の初稿にあった白石は、善隣外交に反対した強硬派の儒学者。日本で有名というだけで取り上げられた」。一方、芳洲はほとんど知られていなかったが、徐さんは周囲を説得して白石と差し替えた。
「日本に関するナンバーワンの外交官になろうと一生懸命勉強した」と話す徐さんは、明治大で博士号を取得、両国の交流史にも詳しかった。「私は種をまいただけ。知っていることを偉そうに言いたいというミエよ」と笑うが、友好の先達を取り上げ、隣同士仲良くすべきというメッセージを両国民に送ろう、という明確な狙いもあった。
朝鮮での雨森芳洲にあたる存在として、15世紀李王朝の首相を務めた学者、申叔舟(シンスクチュ)を紹介した著書を金大中大統領に贈呈し、その後、来日した大統領が演説で取り上げたことも徐さんの誇りだ。
現在は釜慶(プギョン)大教授を務め、「アニメなどを通じ日本文化を肌で感じている。大学の図書館では人気の10位に日本の本が4、5冊入る」と、反日・嫌日一辺倒ではない若い世代に期待を寄せる。
竹島(韓国名・独島(トクド))問題を発端に反日感情が悪化したときは、ソウルに留学する日本人学生の相談役を務めた。ぎくしゃくした外交・政治が市民に与える影響を自分の目で確かめようと4月下旬、韓国ドラマ「冬のソナタ」のロケ地ツアーに参加した。反日感情をものともしないヨン様人気に、文化面での両国の交流の定着ぶりを実感した。
徐さんは今も月に数回来日し、両国の友好関係の発展に心を砕く。日本には「友好の精神に水をかけるようなことをしない行動を」と注文するが、反日感情の高まりを決して悲観していない。「隣同士だから曇ったり晴れたりは当たり前。お互いにちゃんと理解し合ったら反日・反韓にはなれない。相互依存した両国で、対立は長引かない」と思うからだ。【横田信行】
………………………………………………………………………………………………………
◇徐賢燮さん
全羅南道求礼出身。75年に外交官となり、同年からと88年からの2回、日本大使館に勤務。98年には自ら希望し駐福岡総領事、01年に駐横浜総領事。駐ローマ法王庁特命全権大使も務めたカトリック教徒。「日本は無い」という本が韓国で人気を呼ぶと、日本への偏見がはびこるのは危険として、著書「日本の底力」(原題「日本はある」)で反論した。04年6月に退官。現在は九州大学特任教授。ソウル市在住。
毎日新聞 2005年6月17日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/nagasaki/news/20050617ddlk42040407000c.html
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/23513.html