勲三等ニダ!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/06/09 12:22 投稿番号: [23143 / 49973]
>15歳の1945年10月21日、夜11時。 会長は故郷の三千浦(サムチョンポ)近海に立った。 日本でレンガを積む仕事をしていた実兄の招きを受けてそのまま密航船に乗り込んだ。 「5〜6時間もあれば行けたのに24時間もかかりました。 船が波に揺れて気がもうろうとした状態で、到着した所が下関でした。 米2袋と英語の辞書が私の荷物の全部でした。 旅館に入って横になっていたが、目がぐるぐる回って畳を手でつかもうとしていました」
なーるほど。まあ「密航した」と正直なのは、多少救いですなあ。
>いろいろな差別が彼を困らせた。 地域社会では韓国人という理由で青年会議所(JC)にも加入できなかった。
> 「悲しかったが差別はどの国にでもあることだと自分に言い聞かせました。差別を減らすためには知性と教養を増やし、経済的成功を果たして、そして地域社会に奉仕しなければならないと考え、ほかの人々が8時間仕事をするとき、15時間仕事をしました」
また出た。こういう「差別されたんでしょう?」的質問。
これで朝青龍がブチ切れたんだよな。
まあ、この人の答えは、まさに正しいけどね。その通りだね。偉いよ。
>「細心の気配りが売上げを左右します。例えばその日お金をたくさん使った顧客にはそっと近づいて『ああ、申し訳ないです』話しかけて少し玉を融通してあげたり、たばこ1箱サービスしたりするんですよ。また売り場にたばこの臭いを除去する施設を設置し、それでも足りず簡易シャワー施設まで設置した。恋人たちのための専用座席も用意しました」
この「たばこサービス」とか、聞いたことあるなあ。
お客でも、玉が出過ぎたら、店員に缶ジュースおごるとか、聞いた事はある。(ちなみにオレはギャンブルは全くやらない。)
しかし…日王から勲章をもらうと、あとあと「アイツは親日派ニダ!」となるので、もう二度と祖国には住めなかったりして。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=64371&servcode=300§code=300
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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