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明軍の火薬技術者から

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/05/21 14:20 投稿番号: [22364 / 49973]
>豊臣秀吉による朝鮮出兵時に明軍の火薬技術者から硝石の製造法を聞き出したと推測されている。

歴史、特に軍事史、軍事技術史を知らないと、こう言う突拍子もない事を言うものですねぇ・・・

確かに日本国内では「硝石が産しない」ですが。
それを「輸入品でまかなわれていた」とは。いやはや・・・

戦国末期、日本には約三十万丁の、織田家だけでも約二十万丁の「種子島(火縄銃)」が存在したと言うのに・・・

当時の火縄銃の平均的装薬は、六匁玉筒(口径15.5mm   弾重量22.5g)
これ用の発射装薬は三匁(約11g)
焔硝百斤(十六貫=60kg)から、木炭、硫黄と調合して製造できる装薬は、二十貫(75kg)
一貫=千匁として、百斤の焔硝から、約6666回の発射回数分の装薬量となる訳で。

6666回と言えば、多いと思いがちですが。
千五百丁の鉄砲隊(名の有る大名・武将家にとっては、少数)では、たったの四斉射しかできない。

仮に一合戦で百回斉射したとして。
必要な焔硝量は三百六十貫。ほぼ同数を訓練に要したとして、七百貫=約2.6トン。
実際には大よそ3トンほどの焔硝が必要になってくる計算で。
仮に合戦を、農繁期、収穫期を除き、年5回行うとすると、約15トン。

千五百丁の火縄銃でさえ、これだけ必要。
織田家の二十万丁では、約2万トン/年の消費量となってきます。

これを全て「輸入」に頼るのは「絶対に不可能」
「南蛮船」の入港は、実際、年2〜3隻ほどですし。中継貿易をしていた日本商人の船でも、大きさは精々2000石程度の積載量。
明は基本的に海禁国。
それに積荷は「硝石」だけでは無いですから。
*因みに当時の「大型商船」である「南蛮船」「日本商船(後の『朱印船』)の積載量は、約500トン未満でした。
織田家の「2万トン」を充足するには、40〜50隻丸々、硝石を積荷にしなければならない訳で・・・
*因みに、やや時代が下がった後の「朱印船貿易」では、年間10隻〜12隻程の出入港数/全国

この事から、
>鎖国がはじまり輸入が途絶えると、古い民家の床下の土から国産の硝石が作られるようになった。
豊臣秀吉による朝鮮出兵時に明軍の火薬技術者から硝石の製造法を聞き出したと推測されている。

は、疑問視しています。
寧ろ「土硝法」(人工硝石製造法)は戦国末期、尾張、美濃、近江といった肥沃な農業地帯を抱えた織田家に於いては、
必要不可欠な(軍維持の為にも)技術ではなかったではなかろうか、と。
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