パンダ外交
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/05/06 16:37 投稿番号: [21865 / 49973]
ひでえ歪曲。(苦笑)
朝鮮のシト、たいていこんな程度だろうなあ。(笑)
>最も古いものでは、中国・唐の則天武后が日本使節団に贈ったという記録が残っている。 当時日本は、同盟国であり文物の伝授者だった百済(ぺクジェ)が亡びると、中国との直接交流を模索した。
お? 意図的に『隋書』の記録をすっ飛ばしたか、あるいは朝鮮では刊行されていないのかな?(笑)
「同盟国であり文物の伝授者だった百済」って、日本にヘーコラしているところを中国にも知られていて、「伝授」はねえだろう。(笑)
重ねて言うが、『隋書』の遣隋使の記録、無視したな?(笑)
>韓半島を安定させた状況で島国の日本が是非と頭を下げて入ってきたのだから、誇らしかったはずだ。
ハハハ。
『隋書』でも『旧唐書』でも、「日出づる処の天子」とか、「日本人は尊大な連中である」と書かれてあるが、そこを意図的にすっ飛ばしたか?(笑)
たぶん…「教科書」しか、知らないんだろうな。まあ無理もない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【噴水台】パンダ外交
パンダ(Pander)はその姿からして視線を集める。 白と黒の調和が大胆で、ゆっくりと動く姿が穏かだ。 竹林で筍だけを食べて生きる習性が高尚である。 世界的に1600頭しか生息せず、希少だ。 姿は熊だが、行動は猫に似ており、熊猫という名前も妙である。
国際社会がパンダに注目するのは、何よりもその政治的象徴の歴史のためだ。 パンダは以前から大切な外交の贈り物だった。 最も古いものでは、中国・唐の則天武后が日本使節団に贈ったという記録が残っている。 当時日本は、同盟国であり文物の伝授者だった百済(ぺクジェ)が亡びると、中国との直接交流を模索した。 中国としては北方の難敵、高句麗(コグリョ)を打ちのめし、韓半島を安定させた状況で島国の日本が是非と頭を下げて入ってきたのだから、誇らしかったはずだ。
現代中国史でパンダの行方は対外政策の舵だった。 共産革命に成功した毛沢東の贈り物はモスクワへ向かった。 1957年のソ連共産革命40周年記念だ。 社会主義の母国ソ連が、新生共産国にとって絶対的な存在だっただけでなく、中国は台湾駐屯米軍事力増強に直面し、核開発を切実に希望していた。 その後、ソ連の核技術者らが派遣されたが、核心技術は譲り渡さなかった。 中国科学者らは60年、ソ連技術者らが撤収しながら破り捨てた文書を、つなぎ合わせて核を自体開発した。
72年、毛のパンダはワシントンに向かった。 中国を訪問した米国ニクソン大統領にプレゼントした。 パンダは「竹のカーテン」を抜け出すという中国の意志を象徴した。毛はソ連から裏切られて以来、文化革命という極端な自力更正を推進するのに失敗した。 毛は技術と資本の限界を痛感し、極左派らを締め出してカミングアウトした。 ニクソンの訪問に先立ち、中国は台湾から国連安保理常任理事国の座を奪った。 米国が棄権してくれたおかげだ。 ニクソン訪問から2年後、訒小平が復権された。
中国がさる3日、台湾にパンダ雄雌計2頭をプレゼントすると明らかにした。 友好と連帯の象徴として。 中国は3月、台湾を武力占領できる法的根拠の反分裂法を制定した。ひとまず‘ムチ’を用意した状況で‘ニンジン’を差し出したわけだ。 ムチとニンジン、強と穏は、ともに駆使されてこそ効果的である。
呉炳祥(オ・ビョンサン)ロンドン特派員 < obsang@joongang.co.kr >
2005.05.05 20:53
http://japanese.joins.com/html/2005/0505/20050505205334100.html
朝鮮のシト、たいていこんな程度だろうなあ。(笑)
>最も古いものでは、中国・唐の則天武后が日本使節団に贈ったという記録が残っている。 当時日本は、同盟国であり文物の伝授者だった百済(ぺクジェ)が亡びると、中国との直接交流を模索した。
お? 意図的に『隋書』の記録をすっ飛ばしたか、あるいは朝鮮では刊行されていないのかな?(笑)
「同盟国であり文物の伝授者だった百済」って、日本にヘーコラしているところを中国にも知られていて、「伝授」はねえだろう。(笑)
重ねて言うが、『隋書』の遣隋使の記録、無視したな?(笑)
>韓半島を安定させた状況で島国の日本が是非と頭を下げて入ってきたのだから、誇らしかったはずだ。
ハハハ。
『隋書』でも『旧唐書』でも、「日出づる処の天子」とか、「日本人は尊大な連中である」と書かれてあるが、そこを意図的にすっ飛ばしたか?(笑)
たぶん…「教科書」しか、知らないんだろうな。まあ無理もない。
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【噴水台】パンダ外交
パンダ(Pander)はその姿からして視線を集める。 白と黒の調和が大胆で、ゆっくりと動く姿が穏かだ。 竹林で筍だけを食べて生きる習性が高尚である。 世界的に1600頭しか生息せず、希少だ。 姿は熊だが、行動は猫に似ており、熊猫という名前も妙である。
国際社会がパンダに注目するのは、何よりもその政治的象徴の歴史のためだ。 パンダは以前から大切な外交の贈り物だった。 最も古いものでは、中国・唐の則天武后が日本使節団に贈ったという記録が残っている。 当時日本は、同盟国であり文物の伝授者だった百済(ぺクジェ)が亡びると、中国との直接交流を模索した。 中国としては北方の難敵、高句麗(コグリョ)を打ちのめし、韓半島を安定させた状況で島国の日本が是非と頭を下げて入ってきたのだから、誇らしかったはずだ。
現代中国史でパンダの行方は対外政策の舵だった。 共産革命に成功した毛沢東の贈り物はモスクワへ向かった。 1957年のソ連共産革命40周年記念だ。 社会主義の母国ソ連が、新生共産国にとって絶対的な存在だっただけでなく、中国は台湾駐屯米軍事力増強に直面し、核開発を切実に希望していた。 その後、ソ連の核技術者らが派遣されたが、核心技術は譲り渡さなかった。 中国科学者らは60年、ソ連技術者らが撤収しながら破り捨てた文書を、つなぎ合わせて核を自体開発した。
72年、毛のパンダはワシントンに向かった。 中国を訪問した米国ニクソン大統領にプレゼントした。 パンダは「竹のカーテン」を抜け出すという中国の意志を象徴した。毛はソ連から裏切られて以来、文化革命という極端な自力更正を推進するのに失敗した。 毛は技術と資本の限界を痛感し、極左派らを締め出してカミングアウトした。 ニクソンの訪問に先立ち、中国は台湾から国連安保理常任理事国の座を奪った。 米国が棄権してくれたおかげだ。 ニクソン訪問から2年後、訒小平が復権された。
中国がさる3日、台湾にパンダ雄雌計2頭をプレゼントすると明らかにした。 友好と連帯の象徴として。 中国は3月、台湾を武力占領できる法的根拠の反分裂法を制定した。ひとまず‘ムチ’を用意した状況で‘ニンジン’を差し出したわけだ。 ムチとニンジン、強と穏は、ともに駆使されてこそ効果的である。
呉炳祥(オ・ビョンサン)ロンドン特派員 < obsang@joongang.co.kr >
2005.05.05 20:53
http://japanese.joins.com/html/2005/0505/20050505205334100.html
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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