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イーストウッドが?

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/08 11:25 投稿番号: [20404 / 49973]
マジメな映画ならいいんですけどね。

個人的には、ブッシュ父が操縦するグラマンTBM艦上攻撃機を対空機銃で撃墜した海軍の学徒将校とバロン西と市丸海軍中将のルーズベルト宛の手紙の登場キボンヌ。

戦後間もなくの行幸のフィルムは驚異的であり、あれでGHQが、悪く言えば天皇の「政治的利用」(日本にとっては国体護持)が決定したと思っています。

いや、アメリカにしてみれば信じられないでしょう。
行幸なんぞしようものなら、国民から石を投げ付けられると思いきや、各地でナチュラルに「バンザイ」が連呼されたのですから。(行幸が途中で中断されたのは、それを恐れたGHQの思惑でしょう。)

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「ルーズベルトニ与フル書」

市丸海軍少将

http://www.chukai.ne.jp/~masago/roosev.html

(硫黄島 第二十七航空戦隊司令官)

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「韓国人、大反省」   1993   金容雲   徳間書店

壬辰倭乱当時、首都漢陽(ソウル)を固守すべしという民衆の願いを押しのけ、蒙塵(王が乱を避けて都を退くこと)の口実のもとに、王と大臣らが都を逃げ出すと、彼らに石を投げつけた民衆は、腹いせに宮殿に火をつけた。普段えらそうなことを言って何事もいい加減に行なっていた連中が、民衆の叫びを背に逃亡したのだから、民衆の間に「なんだ、この野郎」といった気分が高じたのも無理はなかった。実際にそのころ朝鮮の二人の王子は逃亡中に民衆に捕らわれ、日本軍に引き渡された。民を守らぬ王は、もはや王ではないのである。
(中略)
李[イ+塞]は、壬辰倭乱を、豊臣秀吉の侵略欲のせいでなく、朝鮮内部の党争が自ら招いたものであると言った。もしそのころ、全国民が君主を中心に団結さえしておれば、あのような侵略はありえなかったろうと断言している。
壬辰倭乱の時、京畿以南には義兵が至る所で決起したが、西北三道(朝鮮半島北部地域)には義挙した者が見られなかったばかりか、当時北関では王子と大臣を捕らえて倭賊に投降した者さえいた。    『星湖[イ+塞]説』

なぜ京畿以北地域(朝鮮半島北部地域)にはたった一度の義挙もなかったのか。その地方出身者は、官職はいうまでもなく科挙に応じる資格すら与えられておらず、最初から徹底して中央から遠ざけられていた。それゆえ李朝が自分たちを守ってくれるとはつゆにも考えられなかったし、当然国のため命を捧げる者も出てこなかった。
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