>>>原爆-2
投稿者: c5525jp 投稿日時: 2003/01/30 07:34 投稿番号: [1992 / 49973]
ピオ・デュラン著『比律賓独立と東亜問題』(1935年、出版後米により発禁処分。公職追放)
(日本での出版は1942年6月、野本静一訳)
著者は仏新聞ル・フィガロの社説を引用しながら、当時の日本の政策を説明しています。
「吾々は東亜の紛争に引きいれられてはならない。若しこれに参加しても、その結果は無駄である。若しも国際聯盟が日支間の問題に手を着けなかったならば、事態はもっと異なって、日本は聯盟を脱退しなかったであろう。吾々はこの経験の値打ちを無駄にしてはならない。」
「亜細亜の問題と欧羅巴の問題は同じ方法で処理してはならない。亜細亜のことを最もよく知っているのは、亜細亜人なるを以って、亜細亜人の問題は亜細亜人間の交渉によって解決するに任せ、これには介入せざるの方針を採るのが、賢明なる方法であることを知るべきである。」
これは欧羅巴諸国民が国際連盟を通じて、また米国が武器工場及び金力政治家を通じて、支那の国内政治に不当に干渉し、武器を売込むことによって支那軍閥間の武力闘争を不当に助長し、以って支那の平和的住民の生命を危険に陥れるのみならず、東洋の平和をも脅かすに至るを防止する必要より、最近日本政府が表明したる「支那から手を引け」という政策の根本的理由を表明したものに過ぎない。
著者のピオ・デュラン博士(元比大学商法教授)はサクダリスタ党の理論的指導者で、党是は「フィリピンの即時・完全独立」。
(党は1933年の総選挙で、下院議員5名、州知事2名を獲得したようです。)
この本の著述を裏付けるものとして、
ヘレン・ミアーズ著『アメリカの鏡・日本』(伊藤延司訳)(著者がGHQ要員時代に著作)には、
イギリスは、「中央政府」との関係で特権的地位を握っていた。これが日本には大きな不満だった。関税と塩税を担保にするイギリスの借款には利子が支払われているというのに、日本には莫大な額の債権を焦げ付かせている。
外国勢力はまた、中国の政治をかなりのところまで動かしていた。1911年の辛亥革命で清朝が倒れ、中華民国の成立が宣言された。しかし、新政府は成立直後から、北京の保守政権、南部の革命政権、独自の軍隊と通貨をもち地方権力を握る軍閥小君主などの対立政権に分裂した。西洋列強はそのうちの一つ、1928年まで北京を本拠としていた政権だけを「中央政府」をして承認したが、その一方で、競って「地方軍閥」に金を貸し与え弾薬を与え、特権獲得に狂奔する。
小君主たちは西洋列強の歓心をえることに狂奔する。彼らはいつも『認知』という勲章をつけた北京と、中央政府に入ってくる利益を争っていたのだ。西洋列強は、厳重に守られた租界の中で、自分たちだけは安泰だったが、中国の安定にはほとんど貢献していない。
特にヘレン・ミアーズの本は、立場が立場だけに米政府の資料・要人の発言・新聞社の報道など、
詳細な資料を基に著述しており、日本がGHQに支配されている段階から、大日本帝国の主張の正当性を擁護しており、
米国の底深さのようなものを感じ、米国流民主主義に畏敬の念を。。。(結局発禁処分にされたようですけど。)
他に当時の日本の立場を理解し、満州国を認めよ、と主張していたのは、
EC(ヨーロッパ共同体)の理論的基礎を作ったリヒァルト・クーデンホーフ・カレルギー伯。
伯は、満州国を認め対共産主義の防波堤とせよ。と国際聯盟を批判したようです。
共産主義といえば、
米議会重鎮ハミルトン・フィッシュは『日米・開戦の悲劇』(1970年代、記憶が)の中で、
真珠湾攻撃に至る経緯をルーズベルト政権の策謀であるとし、更にルーズベルト政権内には共産主義は蔓延しており、
ハル・ノート原案を起草したのも共産主義者である、という本を出しております。
この本を読むと、第二次大戦は共産主義蔓延のための戦いでは?という印象をもちます。
近衛文麿の周辺にはゾルゲと共に処刑された尾崎がおりますし、
蘆溝橋事件から以後の経緯にも共産主義者の策謀が、
というのは坂本夏男『蘆溝橋事件勃発についての一検証』や中村粲著『大東亜戦争への道』その他多数。
その説は日本人以外にも唱えている方がいますしね。案外案外。。。
(日本での出版は1942年6月、野本静一訳)
著者は仏新聞ル・フィガロの社説を引用しながら、当時の日本の政策を説明しています。
「吾々は東亜の紛争に引きいれられてはならない。若しこれに参加しても、その結果は無駄である。若しも国際聯盟が日支間の問題に手を着けなかったならば、事態はもっと異なって、日本は聯盟を脱退しなかったであろう。吾々はこの経験の値打ちを無駄にしてはならない。」
「亜細亜の問題と欧羅巴の問題は同じ方法で処理してはならない。亜細亜のことを最もよく知っているのは、亜細亜人なるを以って、亜細亜人の問題は亜細亜人間の交渉によって解決するに任せ、これには介入せざるの方針を採るのが、賢明なる方法であることを知るべきである。」
これは欧羅巴諸国民が国際連盟を通じて、また米国が武器工場及び金力政治家を通じて、支那の国内政治に不当に干渉し、武器を売込むことによって支那軍閥間の武力闘争を不当に助長し、以って支那の平和的住民の生命を危険に陥れるのみならず、東洋の平和をも脅かすに至るを防止する必要より、最近日本政府が表明したる「支那から手を引け」という政策の根本的理由を表明したものに過ぎない。
著者のピオ・デュラン博士(元比大学商法教授)はサクダリスタ党の理論的指導者で、党是は「フィリピンの即時・完全独立」。
(党は1933年の総選挙で、下院議員5名、州知事2名を獲得したようです。)
この本の著述を裏付けるものとして、
ヘレン・ミアーズ著『アメリカの鏡・日本』(伊藤延司訳)(著者がGHQ要員時代に著作)には、
イギリスは、「中央政府」との関係で特権的地位を握っていた。これが日本には大きな不満だった。関税と塩税を担保にするイギリスの借款には利子が支払われているというのに、日本には莫大な額の債権を焦げ付かせている。
外国勢力はまた、中国の政治をかなりのところまで動かしていた。1911年の辛亥革命で清朝が倒れ、中華民国の成立が宣言された。しかし、新政府は成立直後から、北京の保守政権、南部の革命政権、独自の軍隊と通貨をもち地方権力を握る軍閥小君主などの対立政権に分裂した。西洋列強はそのうちの一つ、1928年まで北京を本拠としていた政権だけを「中央政府」をして承認したが、その一方で、競って「地方軍閥」に金を貸し与え弾薬を与え、特権獲得に狂奔する。
小君主たちは西洋列強の歓心をえることに狂奔する。彼らはいつも『認知』という勲章をつけた北京と、中央政府に入ってくる利益を争っていたのだ。西洋列強は、厳重に守られた租界の中で、自分たちだけは安泰だったが、中国の安定にはほとんど貢献していない。
特にヘレン・ミアーズの本は、立場が立場だけに米政府の資料・要人の発言・新聞社の報道など、
詳細な資料を基に著述しており、日本がGHQに支配されている段階から、大日本帝国の主張の正当性を擁護しており、
米国の底深さのようなものを感じ、米国流民主主義に畏敬の念を。。。(結局発禁処分にされたようですけど。)
他に当時の日本の立場を理解し、満州国を認めよ、と主張していたのは、
EC(ヨーロッパ共同体)の理論的基礎を作ったリヒァルト・クーデンホーフ・カレルギー伯。
伯は、満州国を認め対共産主義の防波堤とせよ。と国際聯盟を批判したようです。
共産主義といえば、
米議会重鎮ハミルトン・フィッシュは『日米・開戦の悲劇』(1970年代、記憶が)の中で、
真珠湾攻撃に至る経緯をルーズベルト政権の策謀であるとし、更にルーズベルト政権内には共産主義は蔓延しており、
ハル・ノート原案を起草したのも共産主義者である、という本を出しております。
この本を読むと、第二次大戦は共産主義蔓延のための戦いでは?という印象をもちます。
近衛文麿の周辺にはゾルゲと共に処刑された尾崎がおりますし、
蘆溝橋事件から以後の経緯にも共産主義者の策謀が、
というのは坂本夏男『蘆溝橋事件勃発についての一検証』や中村粲著『大東亜戦争への道』その他多数。
その説は日本人以外にも唱えている方がいますしね。案外案外。。。
これは メッセージ 1991 (c5525jp さん)への返信です.
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