それが精一杯なんだろうね
投稿者: chonkanchigai_yarodomo 投稿日時: 2005/03/14 22:23 投稿番号: [19046 / 49973]
>いくら植民地時代とはいえ、人が住む所には日常があった。 日常はその時代の生活を総体的に反映する。 したがって植民地時代は、政治や経済、開発と収奪(侵略)ないしは近代的体験のうち、ある一つの要素だけで見ることはできない。 だが、皮肉にもこれらすべての要素を規定する基本は、日本帝国主義が支配したという事実である。
読みようによっては、日本帝国主義が支配したからこそ、人々の日常があったと受け取れんこともない。
中央日報としてはこれが精一杯なのだろう。
注目すべきは
>歴史を総体的にとらえず、特定部分、特に経済的側面に注目して日本の植民地支配を見ようとする態度は、韓国の「植民地近代化論」からも発見できる。
>もちろん韓国の「植民地近代化論」にはいろいろな主張があり、一つにまとめて言うのは困難だが、この主張は1960年代の高度成長の歴史的背景として植民地時代に注目している。 そして経済統計で説明する。
という部分
そもそも韓国の「植民地近代化論」とはいかなるものなのか?
そのことになるとなぜか突っ込みを入れずに議論を回避して「なんとなく」日帝統治は侵略ニダ説に収斂しようとする。
たぶん「植民地近代化論」を論ずれば、日帝統治があったから韓国は近代化したことを認めざるをえないのだろう。
これは メッセージ 19040 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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