バタンコレヒドール要塞の捕虜の扱い
投稿者: chonkanchigai_yarodomo 投稿日時: 2005/03/08 11:19 投稿番号: [18681 / 49973]
「死の行進」は多分に誤解されていたけれどもね。
捕虜を生かすための行進だったのだが・・・
ただ彼らはその後日本に送られて、炭坑堀りに従事したようだよ。
NHKでやっていた。
栄養失調や落盤で百人以上死んだようだ。
日本人はこれらの捕虜を虐待していたわけではなかった。
食事も日本人並に与えていた。
しかしそもそも日本人自体がロクなモン食っていなかったから、日本人なみの食事で捕虜に栄養失調で死者が出るのは当たり前の話だった。
戦争ってそういうモンだと思うよ。
だからさ
>ドイツ人の捕虜はホテルに収容されていたらしいです。
こういうのは例外中の例外なんだよ。
これが当たり前なワケがない。
戦争しているのだから、自国の人間を飢えさせてまで捕虜を優遇するのは、むしろ「異常」なんだよ。
もっとも日露戦争では、日本の捕虜はペテルスブルクなんかのロシアの収容所で、ロシア人が食べるものよりはるかに良いものが与えられ、コシア人の捕虜は松山で下にも置かないもてなしを受けていたことはあったよ。
しかしこうした美談は例外中の例外なんだよ。
命を奪われないだけマシ、というのが当時の常識なんだよ。
>ヨーロッパ人とアジア人では捕虜でもカテゴリーが違う。
俺は差別があることくらいは否定しないよ。
だけど J_Fookerさんは少し意識しすぎじゃないかな?
誰でも「差別心」くらいはあるのであって、それをオブラートにくるむのはむしろ良いことなんだよ。
それが人間の「理性」というものだと思うよ。
これは メッセージ 18680 (J_Fooker さん)への返信です.
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