>まんま小中華
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/02/03 14:40 投稿番号: [17778 / 49973]
>女真
そもそも明末は「女直」だったのじゃないかなと思うんですよね。
まあそれはよしとして、つまりアレですか、清の康熙・雍正・乾隆に支配されるより、後半パッパラパーの万暦に支配される方がマシだという事ですかね。
話は逸れますが、日本は室町将軍義持の頃。
李朝の対馬攻撃後、朝鮮から来た使者宋希環は、オヤジに反発して明朝嫌いの義持の家臣で、中国系日本人の陳外郎から、こう言われました。
「アンタ! この国書の元号、明の『永楽』アルヨ! これは御所サマ(義持)の勘に触れるアル! 何かテキトーに別の元号でも記入するアル!」と。
すると、宋は、
「パカスルナー! ウリナラは倭奴とは違うニダ! そんな事したら朝鮮国王殿下に復命出来るわけないニダ! 命に懸けてもしないニダ!」と。
さて、それとは別に朝鮮人に先導されてやってきて、義持に明への朝貢を促す明の使者は、交渉決裂したときのために、成祖の最後通牒も携えてきていました。
「汝の父(義満)も、朝鮮王も朝貢したアル! 汝が朝貢しないなら、せいぜい城壁を高くし、堀を深く張り巡らせて待ち構えるアル! これから朝鮮軍を従えて、日本征伐アル!」と。
もちろん、これは起こりませんでした。
ただし、応永の外寇(李朝による対馬アタック)は、日本では「第三次元寇に違いない」と騒がれました。
つまり、朝鮮軍の後ろには、明の大軍が控えているに違いないというわけです。
ところがこれは朝鮮単独だと分かり、対馬の宗氏も朝鮮に、「はあ? この対馬が貴国に併合を頼んだですと? そんな、どこぞの商人ふぜいが勝手に申したのでござろう。もしそうなったら、当家の主人、九州の少弐氏が反撃するやもしれませんぞ!」と言われ、宋は「ウリナラにそんな気は無いニダ! そもそもテマド(対馬島)なんてビンボーな島、要らないニダ。昔から中華の民は寒胡(貧しいえびす)には関心が無いニダ! チョパーリはこれだから世話が焼けるニダ!」と反論します。
なお、応永の外寇、対馬側の奮戦により、被害は奇襲をかけた朝鮮の方がデカかったというオマケ付き。
これは メッセージ 17773 (ricky_eto さん)への返信です.
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