NZの校長、ヨルダンのホテル従業員
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/11/01 01:18 投稿番号: [14507 / 49973]
願い届かず、最悪の結末…両親や関係者ら言葉失う
香田証生さんの遺体確認の知らせを聞き、香田さん宅に駆けつけた親族たち(31日午前、福岡県直方市で)
家族の必死の願いは届かなかった。福岡県直方(のおがた)市の香田証生(しょうせい)さん(24)がイラクの武装組織に拘束された事件。前日に見つかった遺体が「別人」と結論づけられた十数時間後の31日午前(現地時間同日未明)、無残な姿が香田さん本人と確認された。
犯行声明がインターネット上で流れてから5日。錯そうする情報に翻弄(ほんろう)された両親や関係者は、最悪の結果に言葉を失った。
「両親は部屋にこもりきり。私たちも会えないほど憔悴(しょうすい)している」。31日午前、直方市の香田さん宅を訪ねた市職員は父、真澄さん(54)と母、節子さん(50)のショックの大きさをこう説明した。
市の対策本部によると、この日午前9時20分、町村外相が香田さん宅に直接電話し、バグダッドで見つかった遺体を「香田さんと確認」と伝えた。叔母の由美さん(40)がこの電話を受け、別室にいた真澄さんに取り次いだが、真澄さんは落胆が激しく、由美さんが聞き取った。
「遺体発見」が報じられて5時間。前日に見つかった遺体が別人とわかり、「希望が持てるようになった」と安堵(あんど)していただけに、そばにいた節子さんは無言のまま。兄の真生(まき)さん(26)も沈痛な表情でうつむいていた。
「このような結果になりましたが、イラクの人々に1日も早く平和が訪れますようお祈り申し上げます」
同日午後、真澄さん、節子さん、真生さんの3人はコメントを発表した。
夜になって、イラクに滞在したことがある牧師の木村公一さん(57)が訪ねると、真澄さんは「息子の死を無駄にしないような生き方を選びたい」と語ったという。
外務省幹部によると、一家は疲れと心労で海外に行ける状況ではなく、国内で遺体を待つことになりそうだ。
◆「祈っていたのに」留学先の校長◆
香田さんが通っていたニュージーランドの語学学校長、アンドリュー・ヒクソンさん(67)は31日夜、国際電話での取材に「残念で仕方がない」と言葉を詰まらせた。
香田さんは福岡県内の高校を中退、畳店などで働いた後、今年1月、「自分探しの旅に出る」と言い残してニュージーランドに渡った。働きながら長期滞在し、8月中旬ごろ、南部の都市、クライストチャーチ市にある語学学校に入学した。
香田さんが9月下旬に学校を辞めた時、ヒクソンさんは帰国すると思っていたが、生徒の1人から「香田さんが『イラクを旅してみたい』と話していた」と聞き驚いたという。
香田さんはその後、イスラエルに渡り、1か月近くアルバイトをしながらイラク入りの機会をうかがっていたらしい。
「イラクは危険だと繰り返し教えた。無事を祈っていたのに……」。ヒクソンさんの声は震えていた。
◆「悔やみきれない」ホテル従業員◆
【アンマン=小林月照】「もう一度、会いたいと祈っていた」。香田さんがアンマンで宿泊したクリフホテルのサーメル・ハミーディさん(31)は31日朝(日本時間同日昼)、「遺体発見」のニュースを聞いてがっくりと肩を落とした。
19日夕、香田さんはイスラエルからヨルダン入りしてチェックインし、「イラクに行きたい」と言い始めた。やめるように忠告したが、「何が起きているかこの目で見たい」と聞こうとしなかったという。
夜行バスでの出発が迫った翌20日夕、香田さんはロビーに緊張した表情でたたずんでいた。「気が変わったか」と尋ねたサーメルさんに、「行かなくてはいけない」と強い口調で話し、「5日後に戻る」と買い物袋を預けていったという。
心配になって日本大使館に連絡したのは3時間後。バスは出ていたという。
「悔やんでも悔やみ切れない。彼は危険なイラクから戻れれば、今までと違う自分になれると考えていたのではないか」。サーメルさんは話した。
(読売新聞) - 10月31日23時51分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041031-00000114-yom-soci
香田証生さんの遺体確認の知らせを聞き、香田さん宅に駆けつけた親族たち(31日午前、福岡県直方市で)
家族の必死の願いは届かなかった。福岡県直方(のおがた)市の香田証生(しょうせい)さん(24)がイラクの武装組織に拘束された事件。前日に見つかった遺体が「別人」と結論づけられた十数時間後の31日午前(現地時間同日未明)、無残な姿が香田さん本人と確認された。
犯行声明がインターネット上で流れてから5日。錯そうする情報に翻弄(ほんろう)された両親や関係者は、最悪の結果に言葉を失った。
「両親は部屋にこもりきり。私たちも会えないほど憔悴(しょうすい)している」。31日午前、直方市の香田さん宅を訪ねた市職員は父、真澄さん(54)と母、節子さん(50)のショックの大きさをこう説明した。
市の対策本部によると、この日午前9時20分、町村外相が香田さん宅に直接電話し、バグダッドで見つかった遺体を「香田さんと確認」と伝えた。叔母の由美さん(40)がこの電話を受け、別室にいた真澄さんに取り次いだが、真澄さんは落胆が激しく、由美さんが聞き取った。
「遺体発見」が報じられて5時間。前日に見つかった遺体が別人とわかり、「希望が持てるようになった」と安堵(あんど)していただけに、そばにいた節子さんは無言のまま。兄の真生(まき)さん(26)も沈痛な表情でうつむいていた。
「このような結果になりましたが、イラクの人々に1日も早く平和が訪れますようお祈り申し上げます」
同日午後、真澄さん、節子さん、真生さんの3人はコメントを発表した。
夜になって、イラクに滞在したことがある牧師の木村公一さん(57)が訪ねると、真澄さんは「息子の死を無駄にしないような生き方を選びたい」と語ったという。
外務省幹部によると、一家は疲れと心労で海外に行ける状況ではなく、国内で遺体を待つことになりそうだ。
◆「祈っていたのに」留学先の校長◆
香田さんが通っていたニュージーランドの語学学校長、アンドリュー・ヒクソンさん(67)は31日夜、国際電話での取材に「残念で仕方がない」と言葉を詰まらせた。
香田さんは福岡県内の高校を中退、畳店などで働いた後、今年1月、「自分探しの旅に出る」と言い残してニュージーランドに渡った。働きながら長期滞在し、8月中旬ごろ、南部の都市、クライストチャーチ市にある語学学校に入学した。
香田さんが9月下旬に学校を辞めた時、ヒクソンさんは帰国すると思っていたが、生徒の1人から「香田さんが『イラクを旅してみたい』と話していた」と聞き驚いたという。
香田さんはその後、イスラエルに渡り、1か月近くアルバイトをしながらイラク入りの機会をうかがっていたらしい。
「イラクは危険だと繰り返し教えた。無事を祈っていたのに……」。ヒクソンさんの声は震えていた。
◆「悔やみきれない」ホテル従業員◆
【アンマン=小林月照】「もう一度、会いたいと祈っていた」。香田さんがアンマンで宿泊したクリフホテルのサーメル・ハミーディさん(31)は31日朝(日本時間同日昼)、「遺体発見」のニュースを聞いてがっくりと肩を落とした。
19日夕、香田さんはイスラエルからヨルダン入りしてチェックインし、「イラクに行きたい」と言い始めた。やめるように忠告したが、「何が起きているかこの目で見たい」と聞こうとしなかったという。
夜行バスでの出発が迫った翌20日夕、香田さんはロビーに緊張した表情でたたずんでいた。「気が変わったか」と尋ねたサーメルさんに、「行かなくてはいけない」と強い口調で話し、「5日後に戻る」と買い物袋を預けていったという。
心配になって日本大使館に連絡したのは3時間後。バスは出ていたという。
「悔やんでも悔やみ切れない。彼は危険なイラクから戻れれば、今までと違う自分になれると考えていたのではないか」。サーメルさんは話した。
(読売新聞) - 10月31日23時51分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041031-00000114-yom-soci
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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