3.1運動の被害者
投稿者: st300gakitahi 投稿日時: 2004/09/17 23:37 投稿番号: [11752 / 49973]
そもそも統一見解がないからな。総督府の発表では、死者553人、負傷者1409人 となっているが、「朝鮮独立運動の血史」では死者7509人、負傷者1万5961人となっているが、上海にいた人達が、新聞記事や伝聞をまとめた資料で、作者の朴殷植ですら「正確な数字はわからない」といってる。韓国の教科書では、本文では2万でコラムでは3万以上なんて書いている。いい加減だなあ。しかも、韓国ではソウル起源なのに、北朝鮮ではピョンヤン起源となっている。どうなっているんだ?
ちなみに参考として当時こんな記事がある。
1919年3月6日「京城日報」
ウィルソンの民族自決主義は、第一次世界大戦中、敵国であったロシア、オーストリア、ドイツ等の支配地域の民族に呼びかけたものであって、味方である日、米、英、仏の支配地域は例外である。パリ講和会議に参加した列強に、朝鮮独立を請願しても受けつけられるはずもない。
1919年3月7日付け
「京城日報」
運動の指導者は、非暴力を宣言しながら、それは口実であって、至る所で暴力沙汰が広がったではないか。それは公務執行妨害罪であり、騒擾罪に該当する。いわゆる独立運動なるものは、同胞に累を及ぼすような不法の中から生まれるものではない。朝鮮民族にとってそもそも独立とは何であろうか。三韓時代の昔から李朝末までに至るまで、常に支那の直接または間接の支配に甘んじ、朝貢を続けてきたのではなかったか。わずかに日清戦争後、(日本によって)「大韓帝国」の国号を建てたが、ロシアの勢力が強大になると、たちまちその方向になびいていった。もし日本がロシアを抑えなかったら、朝鮮はロシアに支配されていたことは間違いない。現在は国際連盟に期待しているようだが、提唱者のアメリカでさえ、国連は頼むに足らずとして加盟しないではないか。ウィルソンの大手品に踊らされるのはやめて、足元を見よ。
「韓国・中国歴史教科書を徹底批判する」
勝岡寛次
2001年
小学館文庫
1919年に起こった三・一独立運動を韓国の教科書は、日本軍の残虐さだけを強調して書いている。だが、事実は「平和的な方法で独立万方歳を唱え示威をする人々」だけではなかったのである。全国的に及んだこのデモは、地方では暴徒化し、警察署・村役場・小学校等を襲い、放火,投石・破壊・暴行,惨殺を行って手がつけられないありさまとなったのだった。日本側は治安出動を強いられたのであって、決して韓国の教科書の言うように、「無差別虐殺」を行ったのではない。
これは メッセージ 11728 (onbinni710 さん)への返信です.
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