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朝鮮民族とは

投稿者: bkstw607 投稿日時: 2005/09/09 17:57 投稿番号: [7946 / 15709]
  朝鮮民族の精神的支柱は二つあります。ひとつは中華思想。もう一つは恨です。中華思想といっても、本場の支那のそれとは異なります。新羅による半島統一以後、朝鮮は一貫して支那の属国でした。したがって、朝鮮の中華思想とは自分たちが一番ではなく、常に二番であるという、屈折したそれです。これは万宝山事件における支那人、戦後占領下の日本における日本人、あるいはロサンジェルスにおける黒人など、被抑圧民族に対する朝鮮人の振る舞いによく現れているようです。「我々は日本人や戦勝国民や白人ほどは偉くはないが、お前たちよりは偉いぞ。この支那人、日本人、黒人」というわけです。
  ところが中華思想の本家である支那人はどうでしょうか?朝鮮人のように中華思想を振り回し海外で騒乱を引き起こしているでしょうか?勿論、そうではありません。なぜ、朝鮮人はしばしばこの様な騒乱を引き起こすのか?。朝鮮民族を読み解く上で重要なキーワードに(露骨さ)があります。実はこの(露骨さ)根底に恨があるのです。
  恨というのはしばしば誤解されていますが単に恨みというだけの意味ではありません。確かに恨みも含むのですが、もっと広義の概念です。子供の頃病気をした。或いは両親に先立たれた。などというのも恨なのです。つまり、恨とは人生上の欠落点のことなのです。ちなみに恨は朝鮮人にとって自慢の種にすらなります。
  勿論、恨(欠落)は何ものかによって補填される必要があります。それを彼らは「恨を溶かす」と言います。かかる概念を朝鮮民族は精神の中心部分に据えているのです。
  欠落とその補填というのは、例えば喉の渇き(欠落−恨)をビールを飲んで癒す(補填-恨の溶解)。などというように、我々の日常生活においても頻繁に経験されるものです。しかし、それのみから構築された世界観とは、我々のそれとは違い、著しい単純化を免れざるを得ません。
  そもそも(欠落−恨)→(補填−恨の溶解)という世界観には、その中間部分をつないでいるはずの時間というものが、はなから欠落しているのです。つまり朝鮮人にとって時間とはすぐにも飛び越えられねばならない、単なる障壁としての意味しか持ち得ないのです。有名な朝鮮民族の性急さ。韓国人の旅行嫌い。或いは韓国の強姦発生率ん高さなど、このことを証明する事実は枚挙に暇ありません。
  また、(欠落−恨)→(補填−恨の溶解)という世界観はその外部への無関心、つまり後先構わぬという、我々日本人から見ればいささか荒廃した精神性を生みます。日本に比べると朝鮮半島には遺跡、史跡が非常に少ないのですが、彼らは概ね、日本人ほどには歴史保存に関心を持ちません。昨今の韓国における美容整形ブームや、新羅による半島統一以後、民族の殆どが今の支那風の一字姓に改姓した事実、また先に述べた彼らの露骨さもここに起因しています。
  比較民族論の呉善花氏は、最愛の恋人に先立たれて、恋人の写真を部屋に飾るか?との問いに「韓国人はそんな気持ちの悪いことは絶対しない」と答えておりました。少なくともその一点においては我々日本人は朝鮮人よりも、むしろアメリカ人やイギリス人に近いとも言えます。
  重要なのは、日本人、朝鮮人が互いの類似点ではなく、相違点こそを理解することです。また朝鮮人は恨はともかく、中華思想のほうは早急に捨て去る必要があります。
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