>れ:パール判事像
投稿者: pascardchaann 投稿日時: 2005/08/14 20:00 投稿番号: [7204 / 15709]
トピ主殿が、靖国のパール判事像について、最新の現場報告をなされておりますので、日本人にとり忘れてはならないもうひとりのインド人、チャンドラ・ボースについて一言します。
S19.3.20
「自由インド仮政府声明:
自由インド仮政府の統率下のインド
国民軍は、日本帝国陸軍の密接なる協力により、聖なる使命に発足せり。
...
インド人諸君、今や待望の自由を実現すべき絶好の機会なり。諸君にしてこの機会に乗じその任務を遂行せば、自由は遠からず達せられん。この重大なる時にあたり、インドは、全インド人がその任を尽くさん事を期待してやまず。
ジャイ・ヒンド!
(インド万歳!)」
スバス・チャンドラ・ボース(1897−1945.8.18)はケンブリッジ卒業後、ガンジー率いる国民会議派に
参加。のち、非暴力抵抗運動と決別。陸路ドイツへわたり、WW2にインド人連隊を率いドイツ軍と
ともに戦う。
大東亜共栄圏の一翼を担うべく、Uボ−ト→伊号潜水艦でドイツを脱出。1943年、シンガポールで
自由インド仮政府を樹立、主席に就任。
1944年、インパール作戦に参加。ビルマから故郷インドの土を踏んだ約2,600名の兵士のうち、戦死約1,500名、行方不明約700名と言われる。
1945年日本の敗戦ののち、台湾松山飛行場にて乗機墜落のため死去。
印度独立の父として、国会議事堂にガンジー、
ネールとともにその肖像画が掲げられている。
氏の胸像は杉並区和田の「蓮光寺」にある。
日・印友好の基礎知識のひとつです。
これは メッセージ 7185 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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