声の大きさ
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2004/03/25 16:36 投稿番号: [432 / 15709]
朝鮮では、議論を戦わせる際、声の大きさも重要な要素だとよく言われます。
議論の内容だけで勝負するのではなく、声の大きさ、それは威圧的態度で押し切るということ
でしょうが、そういった要素が重要だとよく言われます。
そういった、朝鮮民ジョクの性状は、無自覚な中での事大思想と根を同じにするものでしょう。
ついつい、威圧的な人物を無条件に受け入れてしまう。
声の大きいもののいうことを鵜呑みにしてしまう。
私たちにとっては屈辱を感じるものですが、どうってことの無い行動ひとつとっても、自ら思考をかさね、
検証した上で行動をするという、われわれにとっては当たり前の行動様式ですが、kの国の民草には
その思考を停止した対応が、かえって自然な反射なのでしょう。
先進諸国の常識を以て話しますが、そういった常識の中に住むわれわれにとっては、あからさまに
荒唐無稽な反日・捏造歴史教育をも、kの国の民草どもは、心の底では矛盾を感じながらもその矛盾を
表現することなく、思考を停止し、その集団の中に埋没し受け入れる。
日々の生活の中においては、慣れもあるでしょう、自覚できるストレスは無いかもしれません。
しかし、そのような毎日、それは歴史レベルでの毎日です。数年といった話ではなく、朝鮮唯一の文化
ともいえるそういった永い行動様式を身に染み込ませ、深い自家撞着を抱え、しかしそれを認めようにも
根拠を示すこともできない。
ケンチャナヨ・・・・
そりゃ、いつかは壊れます。
それが火病ということでしょうか。
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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