性悪説
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2005/05/16 09:35 投稿番号: [4195 / 15709]
荀子の喝破した如く
人間本来の性格は悪である
と
思います
ただ
支那人においては
性悪説ではなく
本来儒学で講義する五常は持ち合わせていない
と考えるのが私の意見です
支那の各時代ごとの王朝は
およそ日本と異なって
人民から収奪するばかりの国家だった
まさに盗賊の親玉が天下を取っているようなものと思っています
そう言った中で庶民が暮らして行くには
儒学の説く高邁な思想は理解されない
理解されないからこそ
また儒学は
その高邁な思想を
一生懸命に庶民の間に流布しようとする
政府は
己の統治を正当化するものとしても
この儒学の思想を押し広めようと努力する
一般に
理解されないからこそ
より強力に
より声高に
思想の実践が叫ばれる
秦は
戦国期に踏みつけにされた庶民に対して
徳治による政治ではなく
庶民をより制御しやすい苛烈な法治によって治めようとしましたが
それを執行する者達の無能の所為で崩壊しました
秦末に
陳勝・呉広の乱が起きたのも
一つには法治政治の失敗であり
一つには庶民には「五常」のようなものが根付いていなかった所為ではないかと考えます
そして私は
以後の時代でも
支那庶民には本来的に「五常」がなかったと思います
支那人には「仁、義、礼、智、信」が本来無い
無いが故に待望され
無いが故に実践するものがあれば
ことさら強調される
そう言うものだと思います
我が敬愛する信陵君にも
驕りの心があった
それを一食客に指摘されて大いに恥じ入った
そう言う記録もあります
これは メッセージ 4191 (shinkuuboakagi00 さん)への返信です.
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