火病西遊記3 耳塚篇
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2005/05/10 18:10 投稿番号: [4137 / 15709]
鞍馬寺を後に貴船には縁が無いと実感した、わたしたちアンチ火病の妙薬を求めての
調査隊は次の地域を目指します。
北に縁がないなら南(単純)
午後からは醍醐寺・宇治平等院・伏見界隈を目指します。
バイクならではの自由(思いつき)なスケジューリング(苦)
午前中は京都国立博物館で昨日の登山(おおげさ)の疲れを癒しつつ
京の歴史の数々に触れます。お昼には朝京都駅で買った駅弁を博物館の中庭の
噴水前で食べました、これからのアンチ火病の謎を求める旅の英気を養います。
さて、洛南へ出発する前に近くの耳塚へ。
前回は豊国神社、方広寺と行きながら耳塚はスルーしてしまいました。
朝鮮ゆかりの史跡なのに、去年は自分の興味を優先してしまいました。
(火病は違うというのか?(笑))
豊国神社の向かい側、小高い丘がそれです。さぁ行きましょう・・・・
え゛・・
白装束の三人が正座してお経を唱えています・・・
ま゛まさか・・・
ちょ、ちょーせんからの厭味なパフォーマンスか!?
写真を撮るにも撮りづらく、しばし後ろで説明文の入った案内板などを
読み流していると、聞こえてくるのはお経、仏教には疎くよく分かりません
でしたが、どうやら日本人のようです。
漢字が書いてある小さなのぼりも持ってるし(爆)
四国のお遍路さんのような格好です。
でも、在日による厭味なパフォーマンスかもしれません、
まだ信用はできません(笑)
それとも好意的に解釈すれば、かつての勇気をもって逃げ回った朝鮮兵士を弔うための
日本人仏教徒による純粋なる宗教行動か?
そうであるならば、耳塚という施設を作り敵兵を弔うという日本人の
心に適っています。
まだ、日本は続いているのですね。
一つの文化が続くということが朝鮮にはない。
永く続く日本文化、それが突拍子もない論理を阻み逸脱を防ぐ理由でしょうか。
時々の都合のよい論理に左右される朝鮮。
そりゃ火病にもなります(爆)
これは メッセージ 4132 (guiseinoyuu さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/2pib9q2h5dfbaq0q0w2qa1a1kdcit_1/4137.html