ソウルからヨボセヨ
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2005/04/16 13:53 投稿番号: [3824 / 15709]
久しぶりの黒田さんの登場です。
黒田さんの安否が確認できただけでもうれしい(笑)
あれくらいのことじゃ、動じない強さをお持ちのようで、さらに敬服します。
松原→福士→張明夫
日韓のプロ野球で活躍した福士敬章が日本で亡くなった。五十四歳だった。日本生まれの韓国系日本人で、名門・鳥取西高から「松原」の名前で巨人に入団し注目されたが芽が出ず、「福士」となった一九七〇年代後半の広島時代に花が咲き、日本プロ野球では通産九十一勝と結構いい成績を残した。
一九八三年、「張明夫(チャンミョンプ)」として草創期の韓国プロ野球に身を投じた。「三美スーパースターズ」のエースとして一年目、年間百試合のうち六十試合に登板、三十勝十六敗六セーブという驚異的記録を残した。登板数はもちろんシーズン三十勝は今も韓国記録になっている。
記録といえば日本で首位打者にまでなった白仁天は帰国後、韓国プロ野球に転じ年間、四割を打っている。これも韓国記録で残っている。“日本”は韓国プロ野球の発展に大いに貢献したのだ。
「張明夫」は韓国で四年投げたが、三年目にシーズン二十五敗という最多敗戦記録、四年目は年間一勝十八敗というから破滅的だ。最後は覚醒剤事件で韓国プロ野球から追放されるなど人生も破滅的だった。しかし太く短く“男らしい男”でもあった。当時ソウルで何度か会ったが「韓国に来てチームメートから“ヒョン(兄貴)”と呼ばれたときが一番うれしかったなあ」という話が記憶に残る。合掌。(黒田勝弘)
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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