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投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/04/13 01:51 投稿番号: [3741 / 15709]
この投稿は、ROM専の頃、印象深いものでした。
懐かしいなあ。もっと話を聞きたかったなあ。

我が家のおGちゃまが、飛行機に故障が多く、飛行中の事故死も身近に見ていたので、「どうにかならんかなあ」と相当に悔しい思いをしていたらしいのです。
この人のお父さんの話のように、朝鮮にも航空機の工場があったと知ったら、怖くて乗れなくなったかも知れませんね。

職人がいない国で飛行機の部品を作らせることは無謀なことだなあ。
あの時代の日本のメーカーの職工さんは家庭の事情で小学校しか出てない人が大半ですが、大企業内には今の工業高校に相当する学校を持っていて、若い時にキッチリ勉強させていたそうですね。

ちなみに、おGちゃまは飛行気乗りではありませんが、電気関係の技師で、陸軍の航空通信隊の将校として度々飛行機に搭乗し、実際に操縦士が負傷戦死したら自分で操縦しろという理由で特別に予備士官学校で一か月ほど速成の操縦訓練を受けた経験もあるそうです。

撃墜したアメリカの飛行機と比べて見て、日本の飛行機の出来具合が悪いので、これはアカンと実感したと話しています。
それでも「疾風(はやて)」だけは足が速いので、米軍戦闘機も逃げていたそうですが。
「でも、ボクが搭乗してたのは99式軽爆で、一度撃墜されて不時着した。なんてったって、速度が遅く、逃げ回ってるんだから。(笑)」
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