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空母赤城艦長どの

投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2005/01/09 01:25 投稿番号: [1633 / 15709]
>スペイン語の話ありがとうございます。

いえいえ空母赤城艦長どの、たいした話ではございませんので。(謙遜ではありません)

黒旗将軍についての補足ですが・・。
”漢土の諸葛、日本の楠公”とまで称えられた劉永副は日清戦争時にも台湾で
日本軍と戦っていますが、戦争が日本の勝利に終わった後も抗日運動を続け、
最後は1915年の日本の21カ条要求によって起こった抗日運動で義和軍を組織して
抵抗しようとした矢先に亡くなりました(1916年、80歳)。
とても無抵抗に国土をそっくり我々日本に献上した腰抜け”ウリナラ、マンセー!!”
民族の比ではありません。まったく彼の以下の言葉を”ウリナラ、マンセー!!”民族は
恥ずかしくて聞けないでしょう。
「我は広東人の一人、また軍人の一人、わが一生の歴史は外民族への抵抗であり、
同胞相食むことは決してなかった(1911年の辛亥革命の際の文)」

>日本にきたインドネシア人が坊さんのことを「ボンズ」といっていました。

サンスクリット語というとまず仏教用語を思い浮かべます。
例として「彼岸」がサンスクリット語の「パーラミター(対岸に渡る=悟りの境地に達する)」
からきていることは結構知られていると思います。日本語の「坊主」ももしかして
そのサンスクリット起源のインドネシア語「ボンズ」からきているのかも・・!?

>フィリッピンというと、その文化的基層はマレー・ポリネシア系としてインドネシアと
>全く同じであるということは言われています。
>文化の表現としての行動や仕草にあらわれています。

なるほど、それは初めて知りました。そういえばフィリピンでは16世紀にスペインに支配される前は
マレー語に近い言葉が話されていたそうで、民族としての根っこはインドネシア・マレーシアと
同じなのかもしれません。現在のフィリピンでは一部スペイン語を解する人間もいるそうで
(そもそもフィリピンの国名・地名・人名はスペイン語の影響大、であるが)、
私個人はフィリピン人との接触は一度だけ訪れたフィリピンバーでの若いフィリピン人女性達と
会話しかありませんが、彼女らにはスペイン語での数字の数え方は即座に通じていました。

インドネシア人とのじかの接触も一度だけあり、チリ・サンティアゴに住んでいた時に
スペイン語学校でインドネシア人のおばちゃんと知り合い、サンティアゴのインドネシア
大使館で開催されたなにかのお祭りに招待されミゴレン(焼きそば?)、ナシゴレン(炒飯?)を
ご馳走になったことがありました。(恥ずかしながらこの時初めてインドネシア国旗が赤と白の
日章旗みたいにシンプルなデザインであることを知った)
今となってはどういう会話をしたかはおぼえていませんが、インドネシアに棲息するという
バケモノ巨大トカゲ”コモド大トカゲ”の話だけは覚えています。
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