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火炎瓶からローソクへ・・・

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/01/14 17:53 投稿番号: [13963 / 15709]
あれだろ?火が使えるように進化してうれしいんだろ?
平和的なデモ文化・・・
はぁ?徒党を組んで暴れ回るデモのどこが「平和的」なんでしょうか?

>反米デモなどの各種のデモには、石や火炎瓶、鉄パイプの代わりにローソクが一つ二つと灯り始めた。

あれ?俺の記憶だとローソクなんて小さな火じゃなくて国旗燃やしてた気がするんだが・・・
そもそもデモになんで火が必要なんだ?

>竹槍

かえって退化してるじゃねぇか〜(笑)

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『火炎瓶からローソクへ…』〜デモ文化はどの様に進化したのか

解放後の40年代後半を始まりに、6・25戦争(朝鮮戦争)の傷跡が残る50年代、近代化が進む60〜70年代、軍部権威主義の80〜90年代を経て2000年以降の市民社会が落ち着くまで、デモや集会も繰り返し変化した。

しかし、参加民主主義が成熟した2007年現在もデモや集会は、韓米FTA阻止など様々な論点をめぐり続いている。

こんな中で江原(カンウォン)警察庁が、11日から来る17日まで庁舍1階のロビーで平和デモの為の集会写真展を行っていて注目を集めている。解放直後の40年代後半、北送に反対する美容師達は手に垂れ幕を持って通りを走った。これらは自分達の要求事項を声を上げて叫ぶ以外にデモの手段が無かった。

6・25戦争を経て、60年代のデモには石が登場した、投石戦である。1969年の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の3選改憲反対デモには、学生や市民が石を投げて鎮圧警察と対立した。

70年代に入るとデモが更に過激になり、鎮圧警察の対応も強力になった。『維新』に反対するデモ隊は、石を投げて警察と全面戦争を展開し、政権は鎮圧のアイテムとしてで初めて催涙弾を使った。

集会やデモは、80年代初旬の光州民主化抗争を分岐点としてデモが拡大した。87年6月の軍部独裁清算を唱え、大統領直選制の改憲を要求した大学生と市民のデモのうねりは、ソウルや釜山などの大都市を経て、春川(チユンチョン)・原州(ウォンジュ)・江陵(カンウォン)まで地方に拡散した。デモ隊の投げる火炎瓶が炸裂し、猛暑のアスファルト道路に花火のように立ち上がった。90年代まで続いた学生運動は、警察の追跡を避ける為の覆面が登場し、鉄パイプも動員された。

97年の政権交代をきっかけに、2000年代に入るとデモは祭りに替わり始めた。『キャンドルデモ』である。反米デモなどの各種のデモには、石や火炎瓶、鉄パイプの代わりにローソクが一つ二つと灯り始めた。

警察の対応も下がり、平和的なデモ文化が芽生えた。だが、農産物輸入開放など社会、経済的な論点が浮上して2006年のデモは80年代的な過去に戻り、鉄パイプや竹槍などが使われて、平和デモに対する国民への要求がまた広がってきている。

NAVER(画像アリ)
http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=079&article_id=0000129844
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