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ソウルからヨボセヨ

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/16 10:37 投稿番号: [13498 / 15709]
>というのは古代・百済(4〜7世紀)の古都である韓国中部の扶余(ふよ)にある百済の王陵(古墳)から、この高野槙で作られた木棺が発見されているのだ。これは日本の学者の材質分析で明らかになっているのだが、日本にしかない木がなぜ朝鮮半島の古代の古墳から出てくるのか、昔から日韓古代史のミステリーになっている。

あ、日本にしかない木材でできた棺が百済王陵から発見、というのは聞いたことがありましたが、高野槇でしたか。

しかし「日韓古代史のミステリー」とは、また黒田さんらしい奥ゆかしいというか含蓄のある表現です。(苦笑)
これが逆に、日本で朝鮮半島にしかないものが発見された場合なら、問答無用で「古代韓国は日本をつくった」とか言い出すことは火病を見るより明らかなんですが。

>考えられるのは古代の百済と日本はきわめて関係が深かったため、王族の死に際し日本から王棺用として貴重な高野槙の木材が送られたということだろうか。

ここの論理を逆転、飛躍させて、「貴重な木材を、植民地の分家の日王家から本家の百済王家に献上した」とか言い出すんじゃないですかね。中央日報の噴水台あたりがやらかしそうだな。
あるいは、韓国にゆかりのある高野槇を使用するのは、百済との血縁を認める暗示的なサインだ、とか。
あ、あとは、もともと朝鮮半島には高野槇があったのに、日帝が日王と百済のゆかりを隠すために切り払って焼き尽くした、とか。

・・・・・・・

【ソウルからヨボセヨ】   高野槙の秘密(09/16)

  秋篠宮家の新宮・悠仁さまのシンボルマークである“お印”が高野槙(こうやまき)になったという。この木は杉に似た常緑の針葉樹で大きくなると高さ30〜40メートル、直径1メートルにもなる。日本固有の木といわれ、本州から九州まで分布し、その名前は和歌山県の高野山に多いことからきているという。耐水性に優れ腐食しにくいことから船の建材などによく使われてきたが、高野槙は韓国と不思議な縁のある木でもある。

  というのは古代・百済(4〜7世紀)の古都である韓国中部の扶余(ふよ)にある百済の王陵(古墳)から、この高野槙で作られた木棺が発見されているのだ。これは日本の学者の材質分析で明らかになっているのだが、日本にしかない木がなぜ朝鮮半島の古代の古墳から出てくるのか、昔から日韓古代史のミステリーになっている。考えられるのは古代の百済と日本はきわめて関係が深かったため、王族の死に際し日本から王棺用として貴重な高野槙の木材が送られたということだろうか。

  百済復興の「白村江の戦」(663年)では日本から4万もの大軍が支援に出かけているから、当時、海を越えた高野槙の木材運搬などたいした苦労ではなかっただろう。そして耐水性がいいため歴史に耐えたのだろう。(黒田勝弘)

http://www.sankei.co.jp/databox/tokuhain/0609/060916m_int_63_1.htm
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