わたしゃえーごは
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2005/12/07 13:05 投稿番号: [10296 / 15709]
割れて(笑)ますが、いまさら系統だった勉強をしなおそうとも思ってません。
もちろんボキャブラリーは増やしたいと思ってます、微妙な行き違いの起こらないように。
何よりも大切にしようと思っているのは、自分達とは違う文化・価値観から来る
発想や解釈があるということに注意すること。
同じような表現で「神に祈る」と言っても当然根本から意味が違うわけで。
最近は「ゴスペル」を友人の結婚式で歌うといった、私の直接の友人をたしなめました。
その友人の友人は、単なる流行でヒップなものとして「ゴスペル」をピックアップ。
別にいいのかもしれませんが、あちらの方と音楽のふれあいの多い立場としては
相手の文化を踏みつけにしているように感じられたからです。
貧困な様を思いみじめったらしく思え、たしなめました。
♪おーはっぴぃでーぃず♪なんてのは聞いてられません。
わたしは「ふるさと」を歌ってやれとアドバイスしました。これが結構好評らしい。
お互いの文化にリスペクトを持ち合っていこうと思っているわたしとしては
アメリカの文化を茶化しているようにしか思えなかったのです。
言葉としての日本語には堪能と思われる朝鮮人による、頑迷なまでの持論固執解釈
の数々を観て、やーっぱりあちらの方のコチコチ頭ってのは、自分達を疑うことを
しらないんだなぁ。と残念でなりません。
そんな天然朝鮮人を楽しみながらも、ほんのちょぴっと淋しさを感じます。
同時に、そんな連中と外交していかなきゃならないのだと、身が引き締まります。
日本を守らないと。草の根から。まずは掲示板から(笑)
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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