Re: アル(`ハ´ )掲示板支那の鮮択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2012/03/12 23:44 投稿番号: [5766 / 6946]
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http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery_1.html
移民をした方のお話というと、壮絶な苦労をイメージしてしまいますが、アルゼンチンでは必ずしもそうではないのですね。
「移民の研究をしている先生にも伺ったのですが、アルゼンチンは稀にみる国だそうです。当時から人種による差別がなく、個人の努力を正当に評価してくれる国だったそうです。また日本からアルゼンチンへ渡った人たちは、技術者や企業家なども多く、政府が斡旋した開拓者としての移民ではなかったことも大きいですね。とは言うものの、日本から一番遠く、言葉も文化も違う異国で働き生活をするというのはやはり大変なことです。移民初期の方たちの努力は本当に偉大です。その方たちの勤勉さ、誠実さ、手先の器用さが尊敬され、今の親日に繋がっているのですから。取材でどこへ行っても日本人と言えば歓迎してくれますし、温かいおもてなしを受けました。アルゼンチンのみなさんが日本にとてもいいイメージを持ってくださっているのも、移民の方たちのおかげです。でもその事実は日本ではほとんど知られていないのが残念ですね。ですから今回の番組で少しでも多くの方たちにそのことを知って頂きたいです」。
日本人の勤勉さを評価してくれたのは、市井の人々だけではありませんでした。明治以降、日本が戦争中に窮地に立ったときにも、アルゼンチンは救いの手を差し伸べてくれたのです。
「日露戦争のときに軍艦を探していた日本に立派な最新の軍艦を売ってくれたり、第二次世界大戦中にも日本への攻撃参加を拒み続け、戦後は日本にたくさんの救援物資を送ってくれたというエピソードは日本ではそんなに知られていませんよね。でもアルゼンチンでは有名な話で、両国が強い絆で結ばれている証として今も語り継がれているんですよ」。
ことに日本と日本人を評価してくれたのが、アルゼンチンの人たちが今なお敬愛するペロン大統領とその妻でエビータの愛称で親しまれているエバ夫人でした。ペロン大統領はよく国民に「日本人のように真面目に働きなさい」と言っていたとか。戦後からもうずいぶん時が過ぎましたが、今なお親日の心で日本人に接してくれるのですからとても嬉しいですね。
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>「島唄」って、どんな曲だっけ?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%94%84_Shima_Uta
>アルゼンチンのヒットチャートで異例の1位を獲得したことで日本でもニュースとなり、話題になった。
>それを知った作詞・作曲者の宮沢和史が2002年春、急遽アルゼンチンに向かい、カセーロと初対面。
>折りしも日韓ワールドカップが開催され、カセーロの歌う「SHIMAUTA」がアルゼンチン代表チームの
>応援歌となったことから「島唄」が再び脚光を浴びることとなる。
それの替え歌「半島唄(パンしまうた)」が↓アル
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=3875
>ちょぴっとしか飲めないよ・・
>口の中に葉っぱが入りそうだけど、どうなんですか?
専用の容器は一人分くらいしか容量がないアル、一人が飲む度にお湯を追加するか葉っぱを換えて
新たにマテ茶を作り次の人に勧めるアル、専用のストローは先端がジョウロのように細かい穴が
開いているので葉っぱは口には入らないアル。
>過去記事探すの大変すぎルんで、教えてくらはい。
とりあえず見つけた過去の投稿アル↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=2456
そういえば今日在アルゼンチンの日本大使館に勤務する谷口警部・・じゃなかった
我の友人から↓のようなメールを受信したアル。
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今日でちょうど満1年経った、昨年の東日本大震災の後、
アルゼンチン政府は日本に、’粉ミルク’、’救援部隊
[cascos azules]’ 他の援助を申し出ました。が、日本政府は
これらの申し出を全て断りました。これだけ見ると、日本政府は
せっかくの善意の申し出を断るなんて、と思えます。
しかし、その代わりと言うか、今月26日(月\xA1
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery_1.html
移民をした方のお話というと、壮絶な苦労をイメージしてしまいますが、アルゼンチンでは必ずしもそうではないのですね。
「移民の研究をしている先生にも伺ったのですが、アルゼンチンは稀にみる国だそうです。当時から人種による差別がなく、個人の努力を正当に評価してくれる国だったそうです。また日本からアルゼンチンへ渡った人たちは、技術者や企業家なども多く、政府が斡旋した開拓者としての移民ではなかったことも大きいですね。とは言うものの、日本から一番遠く、言葉も文化も違う異国で働き生活をするというのはやはり大変なことです。移民初期の方たちの努力は本当に偉大です。その方たちの勤勉さ、誠実さ、手先の器用さが尊敬され、今の親日に繋がっているのですから。取材でどこへ行っても日本人と言えば歓迎してくれますし、温かいおもてなしを受けました。アルゼンチンのみなさんが日本にとてもいいイメージを持ってくださっているのも、移民の方たちのおかげです。でもその事実は日本ではほとんど知られていないのが残念ですね。ですから今回の番組で少しでも多くの方たちにそのことを知って頂きたいです」。
日本人の勤勉さを評価してくれたのは、市井の人々だけではありませんでした。明治以降、日本が戦争中に窮地に立ったときにも、アルゼンチンは救いの手を差し伸べてくれたのです。
「日露戦争のときに軍艦を探していた日本に立派な最新の軍艦を売ってくれたり、第二次世界大戦中にも日本への攻撃参加を拒み続け、戦後は日本にたくさんの救援物資を送ってくれたというエピソードは日本ではそんなに知られていませんよね。でもアルゼンチンでは有名な話で、両国が強い絆で結ばれている証として今も語り継がれているんですよ」。
ことに日本と日本人を評価してくれたのが、アルゼンチンの人たちが今なお敬愛するペロン大統領とその妻でエビータの愛称で親しまれているエバ夫人でした。ペロン大統領はよく国民に「日本人のように真面目に働きなさい」と言っていたとか。戦後からもうずいぶん時が過ぎましたが、今なお親日の心で日本人に接してくれるのですからとても嬉しいですね。
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>「島唄」って、どんな曲だっけ?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%94%84_Shima_Uta
>アルゼンチンのヒットチャートで異例の1位を獲得したことで日本でもニュースとなり、話題になった。
>それを知った作詞・作曲者の宮沢和史が2002年春、急遽アルゼンチンに向かい、カセーロと初対面。
>折りしも日韓ワールドカップが開催され、カセーロの歌う「SHIMAUTA」がアルゼンチン代表チームの
>応援歌となったことから「島唄」が再び脚光を浴びることとなる。
それの替え歌「半島唄(パンしまうた)」が↓アル
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=3875
>ちょぴっとしか飲めないよ・・
>口の中に葉っぱが入りそうだけど、どうなんですか?
専用の容器は一人分くらいしか容量がないアル、一人が飲む度にお湯を追加するか葉っぱを換えて
新たにマテ茶を作り次の人に勧めるアル、専用のストローは先端がジョウロのように細かい穴が
開いているので葉っぱは口には入らないアル。
>過去記事探すの大変すぎルんで、教えてくらはい。
とりあえず見つけた過去の投稿アル↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=2456
そういえば今日在アルゼンチンの日本大使館に勤務する谷口警部・・じゃなかった
我の友人から↓のようなメールを受信したアル。
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今日でちょうど満1年経った、昨年の東日本大震災の後、
アルゼンチン政府は日本に、’粉ミルク’、’救援部隊
[cascos azules]’ 他の援助を申し出ました。が、日本政府は
これらの申し出を全て断りました。これだけ見ると、日本政府は
せっかくの善意の申し出を断るなんて、と思えます。
しかし、その代わりと言うか、今月26日(月\xA1
これは メッセージ 5765 (そばつゆ さん)への返信です.
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