Re: トピ維持!トピ維持!
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2011/06/04 11:29 投稿番号: [5040 / 6946]
さらにアゲにだ。
↓2chからコピペにだ。
198 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/12/22(水) 23:46:08 ID:lMcJKWKr
<< 日本は本当に半島を植民地化したのか? >>
韓国の教育による歴史捏造の手法の一つに 「不適切な用語の適用」 がある。
1910年の日韓「併合」(当時は朝鮮併合)を「植民地化」と表記するのもそれである。
「併合」と「植民地化」という歴史用語の意味する統治概念や対応する史実は全く異なる。
・「併合」 は 「自国化」 が目的であり、獲得地域に本土と同じ生活環境を整備し、住民
を本土国民と同じ権利義務を持つ人として扱う。 その統治の基本方針は同化である。
・「植民地化」 は経済的収奪が目的であり、その為の開発だけが行なわれ、植民地住人
は労働力として位置づけられる。 その統治の基本方針は本国の収益の最大化である。
朝鮮併合はロシアに対する日本の安全保障を確実にすることが主目的であったが、民生
向上のための多大な投資などの数々の近代化事業はまさに 自国化(Annexation) で
あった。 実態と違う 植民地化(Colonization) という表現は、その統治の日本的な誠
実さ、穏健性などを隠蔽し、日本が朝鮮半島を奴隷的に支配し、経済的収奪をしたかの
様な負のイメージを植え付けることを目的としているのである。
<< 何故そのような歴史捏造が行なわれたのか? >>
1. 戦後独立した韓国の為政者と国民の双方が、自らの出自・履歴を隠す必要があった。
・戦後成立した李承晩政権は、亡命抗日政権を継承する政権としてスタートしたが、その亡命
政権の実態は政治的軍事的活動実績を伴わず、戦後の政権成立過程も米占領政府による擁
立であり、政権の正当性に疑問が持たれ、政治的求心力を欠いていた。
・日本国民から韓国民に戻った半島の人々も、日本への併合を要請し、その統治を歓迎した
という事実の為、韓国民として振舞うことに後ろめたさを感じていた。
この不安感を払拭するのに都合のよい史観が日本の統治を 「史上最悪の植民地支配」 と
する歴史認識であった。 この歴史認識の下では、新政府は圧政への勇敢な抵抗者として、
国民は圧政の犠牲者として、位置づけることができるからである。 そこでは日本政府による
多額の近代化投資、温和で公平な統治、半島人の歓迎協力、それらの結果としての急速な
経済成長と民生の向上などは 「あってはならない史実」 であった。
2.米国は、日本占領政策の一環として、日本の戦前の政策を否定する必要があった。
日本の半島統治を「過酷な植民地支配」として否定することは、米国の占領政策である「戦争
についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画(“War Guilt Information
Program”、略称“WGIP”)」にとっても都合がよかったため、占領政府は様々な方法でこの捏
造された歴史を広めた。
即ち、「大日本帝国による過酷な半島植民地化」 という歴史観は、占領政府と戦後の韓国人が
その政治目的のために創ったものであり、それが韓国人のその後の日本との経済格差への嫉妬、
属国史に対する嫌悪感、その反動としての小中華意識、などと相まって反日感情として定着し、
WGIPにより醸成された日本人の贖罪意識や左翼による反日教育に乗って拡散したものである。
<< このため、韓国の歴史教育は次のような 「神話」 を史実としている >>
・日本の統治は、半島の経済的収奪を目的とした 「過酷な植民地支配」 であった。
・併合は大韓帝国皇帝(純宗)による要請ではなく、日本の軍事圧力を背景とした強制であった。
・大韓帝国統治下の社会は、自律近代化の萌芽を育んでいたが、植民地化でこれが失われた。
・農地接収のような日本の収奪政策により、経済発展が阻害され、社会の近代化が遅れた。
・日本の統治は過酷であったが、半島の人々は多くの犠牲を省みず、これに激しく抵抗した。
・日本の統治により、多くの韓国の文化財が略奪され、伝統文化が抹殺された。
・戦時中、日本政府は、朝鮮人を強制連行し過酷な労働に使役し、女性を軍の慰安婦とした。
・亡命政権は、日本に宣戦布告し果敢に戦った。
韓国の歴史捏造を知りながら、当面の軋轢を避けるために謝罪を繰り返す日本政府の対応は韓
国民の歴史直視を妨げ、返って反日感情を助長していることを知るべきであろう。
↓2chからコピペにだ。
198 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/12/22(水) 23:46:08 ID:lMcJKWKr
<< 日本は本当に半島を植民地化したのか? >>
韓国の教育による歴史捏造の手法の一つに 「不適切な用語の適用」 がある。
1910年の日韓「併合」(当時は朝鮮併合)を「植民地化」と表記するのもそれである。
「併合」と「植民地化」という歴史用語の意味する統治概念や対応する史実は全く異なる。
・「併合」 は 「自国化」 が目的であり、獲得地域に本土と同じ生活環境を整備し、住民
を本土国民と同じ権利義務を持つ人として扱う。 その統治の基本方針は同化である。
・「植民地化」 は経済的収奪が目的であり、その為の開発だけが行なわれ、植民地住人
は労働力として位置づけられる。 その統治の基本方針は本国の収益の最大化である。
朝鮮併合はロシアに対する日本の安全保障を確実にすることが主目的であったが、民生
向上のための多大な投資などの数々の近代化事業はまさに 自国化(Annexation) で
あった。 実態と違う 植民地化(Colonization) という表現は、その統治の日本的な誠
実さ、穏健性などを隠蔽し、日本が朝鮮半島を奴隷的に支配し、経済的収奪をしたかの
様な負のイメージを植え付けることを目的としているのである。
<< 何故そのような歴史捏造が行なわれたのか? >>
1. 戦後独立した韓国の為政者と国民の双方が、自らの出自・履歴を隠す必要があった。
・戦後成立した李承晩政権は、亡命抗日政権を継承する政権としてスタートしたが、その亡命
政権の実態は政治的軍事的活動実績を伴わず、戦後の政権成立過程も米占領政府による擁
立であり、政権の正当性に疑問が持たれ、政治的求心力を欠いていた。
・日本国民から韓国民に戻った半島の人々も、日本への併合を要請し、その統治を歓迎した
という事実の為、韓国民として振舞うことに後ろめたさを感じていた。
この不安感を払拭するのに都合のよい史観が日本の統治を 「史上最悪の植民地支配」 と
する歴史認識であった。 この歴史認識の下では、新政府は圧政への勇敢な抵抗者として、
国民は圧政の犠牲者として、位置づけることができるからである。 そこでは日本政府による
多額の近代化投資、温和で公平な統治、半島人の歓迎協力、それらの結果としての急速な
経済成長と民生の向上などは 「あってはならない史実」 であった。
2.米国は、日本占領政策の一環として、日本の戦前の政策を否定する必要があった。
日本の半島統治を「過酷な植民地支配」として否定することは、米国の占領政策である「戦争
についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画(“War Guilt Information
Program”、略称“WGIP”)」にとっても都合がよかったため、占領政府は様々な方法でこの捏
造された歴史を広めた。
即ち、「大日本帝国による過酷な半島植民地化」 という歴史観は、占領政府と戦後の韓国人が
その政治目的のために創ったものであり、それが韓国人のその後の日本との経済格差への嫉妬、
属国史に対する嫌悪感、その反動としての小中華意識、などと相まって反日感情として定着し、
WGIPにより醸成された日本人の贖罪意識や左翼による反日教育に乗って拡散したものである。
<< このため、韓国の歴史教育は次のような 「神話」 を史実としている >>
・日本の統治は、半島の経済的収奪を目的とした 「過酷な植民地支配」 であった。
・併合は大韓帝国皇帝(純宗)による要請ではなく、日本の軍事圧力を背景とした強制であった。
・大韓帝国統治下の社会は、自律近代化の萌芽を育んでいたが、植民地化でこれが失われた。
・農地接収のような日本の収奪政策により、経済発展が阻害され、社会の近代化が遅れた。
・日本の統治は過酷であったが、半島の人々は多くの犠牲を省みず、これに激しく抵抗した。
・日本の統治により、多くの韓国の文化財が略奪され、伝統文化が抹殺された。
・戦時中、日本政府は、朝鮮人を強制連行し過酷な労働に使役し、女性を軍の慰安婦とした。
・亡命政権は、日本に宣戦布告し果敢に戦った。
韓国の歴史捏造を知りながら、当面の軋轢を避けるために謝罪を繰り返す日本政府の対応は韓
国民の歴史直視を妨げ、返って反日感情を助長していることを知るべきであろう。
これは メッセージ 5039 (coreano_raza_infima さん)への返信です.
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