Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2010/12/19 23:29 投稿番号: [4755 / 6946]
なんと、今年はまだ鮮奴民族の壮大な民族丸ごと対日嫉妬・羨望の民族病”ノーベル症”が
発症中だったニダ、鮮奴どもの対日劣等感マル見えの発言が哀れニダ・・・。
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http://www.newdaily.co.kr/news/article.html?no=65440
チョ・ヤンウク日本文化研究所長
本格的な大学入試レースが始まる頃ならばいつも感じることだが、私たちの青少年らは特定学科を唯一好む。
もしかしたらそれは青少年らの自らの選択というよりは両親の意かもしれない。人文系は法学科、自然界は
医学科が断然人気を呼ぶことだ。結局、判事検事になって社会的な地位を享受するという出世指向と
医師として豊かな生活を送るという安定指向の表れであろう。
日本も明らかにそのような傾向はある。しかし私たちとは違って家業を尊く思って、科学分野を決して
疎かにしないという点が大きく異なる。 家業に関してはときおり「日本では何百年受け継がれてきた
ウドン店があるそうだ」という形式の話を聞いたことがあるだろう。(中略)
本論に入ろう。 日本の科学はノーベル賞受賞者の数字がその水準を語る。100年が流れたノーベル賞の歴史で
日本人初めての受賞者は半世紀が過ぎた後の1949年に出てきた。湯川秀樹という科学者が陽子と中性子の間に
ある中間子の存在を明らかにすることによって物理学賞を受けたのだ。
しかし初めての受賞以来16年の間日本人受賞者は出てこなかった。 多分敗戦の痕(あと)を洗い落として国を
また立てるのに心の余裕がなかったせいなのかもしれない。以後日本は産業発展と好況で経済大国へ背伸び
したが1970年代末までノーベル賞受賞者はただ2人(文学賞と平和賞は除外)しかさらに出てこなかった。
そうするとすぐに「日本は西洋のアイディアを書き写して物を作る模倣の天才だけのことだ」という皮肉があふれた。
こっそりとかんしゃくが高まった日本政府と企業らは着実に科学分野に対する投資を継続した。彼らが
前に出したスローガンもまた「科学技術創造立国」、すなわち新しい科学技術で国は起こそうということ
だった。まず科学技術基本法を制定した(1995年)。そしてあたかも経済開発計画のように5年単位で科学発展
計画を立てた。第一次、第二次の10年の間に38兆7千億円を投資した。2006年から始めた第3次科学発展
プログラムでは5年間で約25兆円を一度に注ぐといった。
世界主要先進国の科学技術研究費を備えた資料もある。米国が断然先頭であった。33兆8千億円。日本は
17兆8千億円で3位であった。ただ2位は単一国家でなくEUであった(以上2006年度統計、日本文部科学省発刊
<科学技術白書(2007年版)> から引用)。だが、科学技術研究者の数字では日本が人口1万人当り64.2人、
労働人口1万人当り122.0人で世界1位という。
全体研究費の10パーセント以上が大学に配当された。大学ではその中の半分ほどを基礎研究分野に、
残りは応用研究分野と開発研究分野に使っていた。これに比べて民間企業らは開発研究分野に全体研究費の
相当部分を使うことが明らかになった。それは大学と企業が互いに調和を作り出して合理的に研究費を使う
という事実を証明してくれた。
発症中だったニダ、鮮奴どもの対日劣等感マル見えの発言が哀れニダ・・・。
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http://www.newdaily.co.kr/news/article.html?no=65440
チョ・ヤンウク日本文化研究所長
本格的な大学入試レースが始まる頃ならばいつも感じることだが、私たちの青少年らは特定学科を唯一好む。
もしかしたらそれは青少年らの自らの選択というよりは両親の意かもしれない。人文系は法学科、自然界は
医学科が断然人気を呼ぶことだ。結局、判事検事になって社会的な地位を享受するという出世指向と
医師として豊かな生活を送るという安定指向の表れであろう。
日本も明らかにそのような傾向はある。しかし私たちとは違って家業を尊く思って、科学分野を決して
疎かにしないという点が大きく異なる。 家業に関してはときおり「日本では何百年受け継がれてきた
ウドン店があるそうだ」という形式の話を聞いたことがあるだろう。(中略)
本論に入ろう。 日本の科学はノーベル賞受賞者の数字がその水準を語る。100年が流れたノーベル賞の歴史で
日本人初めての受賞者は半世紀が過ぎた後の1949年に出てきた。湯川秀樹という科学者が陽子と中性子の間に
ある中間子の存在を明らかにすることによって物理学賞を受けたのだ。
しかし初めての受賞以来16年の間日本人受賞者は出てこなかった。 多分敗戦の痕(あと)を洗い落として国を
また立てるのに心の余裕がなかったせいなのかもしれない。以後日本は産業発展と好況で経済大国へ背伸び
したが1970年代末までノーベル賞受賞者はただ2人(文学賞と平和賞は除外)しかさらに出てこなかった。
そうするとすぐに「日本は西洋のアイディアを書き写して物を作る模倣の天才だけのことだ」という皮肉があふれた。
こっそりとかんしゃくが高まった日本政府と企業らは着実に科学分野に対する投資を継続した。彼らが
前に出したスローガンもまた「科学技術創造立国」、すなわち新しい科学技術で国は起こそうということ
だった。まず科学技術基本法を制定した(1995年)。そしてあたかも経済開発計画のように5年単位で科学発展
計画を立てた。第一次、第二次の10年の間に38兆7千億円を投資した。2006年から始めた第3次科学発展
プログラムでは5年間で約25兆円を一度に注ぐといった。
世界主要先進国の科学技術研究費を備えた資料もある。米国が断然先頭であった。33兆8千億円。日本は
17兆8千億円で3位であった。ただ2位は単一国家でなくEUであった(以上2006年度統計、日本文部科学省発刊
<科学技術白書(2007年版)> から引用)。だが、科学技術研究者の数字では日本が人口1万人当り64.2人、
労働人口1万人当り122.0人で世界1位という。
全体研究費の10パーセント以上が大学に配当された。大学ではその中の半分ほどを基礎研究分野に、
残りは応用研究分野と開発研究分野に使っていた。これに比べて民間企業らは開発研究分野に全体研究費の
相当部分を使うことが明らかになった。それは大学と企業が互いに調和を作り出して合理的に研究費を使う
という事実を証明してくれた。
これは メッセージ 1 (shibural7 さん)への返信です.
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