Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2010/10/21 22:44 投稿番号: [4675 / 6946]
まだまだ鮮奴どもの秋の風物詩「ノーベル症」は続いていたのであった↓
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江原日報(韓国語) ノーベル化学賞、‘模倣の国’日本の底力
http://www.kwnews.co.kr/kwnews/opinion/userboard/view.asp?pnum=1646
今年の秋、日本はノーベル化学賞共同受賞者2人を出す快挙を達成した。これまで日本が受賞し
たノーベル賞18個のうち化学分野は6個だ。なぜ、日本は特に有機化学分野で世界最高の頭角
を現わすのだろうか?毎日新聞の論評のとおり細密で几帳面な日本人に極微量を扱う化学分野
が有利だからだろうか?これは必要な部分だけを取捨選択して結合する日本の混種(hybrid)文化
の属性が有機化学発展と有機的に関連していることに注目する必要がある。
今年、ノーベル化学賞を受賞した野依良治と鈴木章教授の「触媒交差結合(cross coupling)」は、
金属パラジウムを触媒として他の化合物を新しく結合させる方式だ。二種類の形態から成る化学
物質から必要な物質だけを選択して合成する「結合(coupling)」方式は外部文化を模倣して日本に
適合した部分だけを選び、混種化する日本ハイブリッド文化と相似形だ。
日本のノーベル化学賞の底力はつまりこのような模倣を通した「ハイブリッド文化」に基づく。これ
に比べて私たちは混ざること、境界を出入りすることに本能的な拒否感を持っている。純種はその
何にも混ざらない純白の線であり、理想の反面、ハイブリッドのような雑種は異質物が混ざった汚
いものの表象であり悪の象徴と感じる。単一民族という自負心は多文化社会に入った21世紀にも
相変らず混血人を‘ハーフ’と侮辱して排他的指向を表出することが頻繁にある。純種意識を重視
する私たちに、日本は混血アイヌ族の低俗な民族と認識され、韓半島と中国の大陸文明と西欧文
明を混種化した「模倣の国」と蔑んで見る。
しかし、違うものをそのまま、まねるという意味の「模倣」に対する私たちの否定的な見解とは異な
り、日本人たちの意識の中に座を占める「模倣」は「新しいものに対する創造」を意味する。「他人
に学び習いながら習ったものを破壊して結局新しいものを創造する」という守・破・離の概念が最
高の境地である。日本語「勉強する」という意味の「マナブ」と「模倣する」という意味の「マネスル」
が同じ語源という事実は「模倣」がすなわち「習う」という意味で、外来文化の受け入れは「創造」
の意味に異ならない。
換言すれば、日本の模倣は単純に他人のものをそのまま沿って引き写すのではなく、外来文化を
学び利用することによって日本の土壌に合うように実用的に取り替えて整え、自分たちだけのより
良い文化を作るという進歩的趣旨を含んでいる。「模倣」を通した日本の究極的目標は「創造」と
いう逆説は、百済を通じて入ってきた漢字を「ひらがな」と「カタカナ」に変容した事例を通じても容
易に知ることが出来る。日本漫画「アトム」は米国の「マイティ・マウス」を日本人の感性に合うよう
に巧妙にかき混ぜたハイブリッド文化の典型だ。
すごい文化的錬金術師の日本人たちは自らを「貪欲な模倣者」と称して模倣を恥ではなく文化的
自負心と感じる。フランス学者ボードレールは与えられた状況を最大限活用する日本を「無重力
状態の人工衛星」と称して世界の未来を導く先頭走者と賛辞を送ったことがある。世界化の代表
的理論家のロバートソンも外来文化のどの部分を吸収し、どの部分を吸収しないかを慎重に選別
できる日本の優れた能力を見習わなければなければならないと力説する。
私たちも「純種性」に対する新しい力学を見習わなければならない。一歩遅れたスマートフォン・
ショックで触発された経済危機もまた、日常生活ですら境界が解体され融合するハイブリッド文化
の流れに乗り遅れた結果だ。コンピュータと電話、カメラ、TVとMP3が互いに結びついたデジタル
複合機の大衆化に今や少しずつ「純種意識」を脱して後発走者として追いかけることに忙しい私
たちに、日本は「模倣の国」の底力をノーベル賞を通じて確かに見せてくれたわけだ。私たちの中
に内在する純種意識をパラパラと投げ捨て、模倣を通じた「雑種」が幅をきかす世界に向かって力
強く走って進もう。
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江原日報(韓国語) ノーベル化学賞、‘模倣の国’日本の底力
http://www.kwnews.co.kr/kwnews/opinion/userboard/view.asp?pnum=1646
今年の秋、日本はノーベル化学賞共同受賞者2人を出す快挙を達成した。これまで日本が受賞し
たノーベル賞18個のうち化学分野は6個だ。なぜ、日本は特に有機化学分野で世界最高の頭角
を現わすのだろうか?毎日新聞の論評のとおり細密で几帳面な日本人に極微量を扱う化学分野
が有利だからだろうか?これは必要な部分だけを取捨選択して結合する日本の混種(hybrid)文化
の属性が有機化学発展と有機的に関連していることに注目する必要がある。
今年、ノーベル化学賞を受賞した野依良治と鈴木章教授の「触媒交差結合(cross coupling)」は、
金属パラジウムを触媒として他の化合物を新しく結合させる方式だ。二種類の形態から成る化学
物質から必要な物質だけを選択して合成する「結合(coupling)」方式は外部文化を模倣して日本に
適合した部分だけを選び、混種化する日本ハイブリッド文化と相似形だ。
日本のノーベル化学賞の底力はつまりこのような模倣を通した「ハイブリッド文化」に基づく。これ
に比べて私たちは混ざること、境界を出入りすることに本能的な拒否感を持っている。純種はその
何にも混ざらない純白の線であり、理想の反面、ハイブリッドのような雑種は異質物が混ざった汚
いものの表象であり悪の象徴と感じる。単一民族という自負心は多文化社会に入った21世紀にも
相変らず混血人を‘ハーフ’と侮辱して排他的指向を表出することが頻繁にある。純種意識を重視
する私たちに、日本は混血アイヌ族の低俗な民族と認識され、韓半島と中国の大陸文明と西欧文
明を混種化した「模倣の国」と蔑んで見る。
しかし、違うものをそのまま、まねるという意味の「模倣」に対する私たちの否定的な見解とは異な
り、日本人たちの意識の中に座を占める「模倣」は「新しいものに対する創造」を意味する。「他人
に学び習いながら習ったものを破壊して結局新しいものを創造する」という守・破・離の概念が最
高の境地である。日本語「勉強する」という意味の「マナブ」と「模倣する」という意味の「マネスル」
が同じ語源という事実は「模倣」がすなわち「習う」という意味で、外来文化の受け入れは「創造」
の意味に異ならない。
換言すれば、日本の模倣は単純に他人のものをそのまま沿って引き写すのではなく、外来文化を
学び利用することによって日本の土壌に合うように実用的に取り替えて整え、自分たちだけのより
良い文化を作るという進歩的趣旨を含んでいる。「模倣」を通した日本の究極的目標は「創造」と
いう逆説は、百済を通じて入ってきた漢字を「ひらがな」と「カタカナ」に変容した事例を通じても容
易に知ることが出来る。日本漫画「アトム」は米国の「マイティ・マウス」を日本人の感性に合うよう
に巧妙にかき混ぜたハイブリッド文化の典型だ。
すごい文化的錬金術師の日本人たちは自らを「貪欲な模倣者」と称して模倣を恥ではなく文化的
自負心と感じる。フランス学者ボードレールは与えられた状況を最大限活用する日本を「無重力
状態の人工衛星」と称して世界の未来を導く先頭走者と賛辞を送ったことがある。世界化の代表
的理論家のロバートソンも外来文化のどの部分を吸収し、どの部分を吸収しないかを慎重に選別
できる日本の優れた能力を見習わなければなければならないと力説する。
私たちも「純種性」に対する新しい力学を見習わなければならない。一歩遅れたスマートフォン・
ショックで触発された経済危機もまた、日常生活ですら境界が解体され融合するハイブリッド文化
の流れに乗り遅れた結果だ。コンピュータと電話、カメラ、TVとMP3が互いに結びついたデジタル
複合機の大衆化に今や少しずつ「純種意識」を脱して後発走者として追いかけることに忙しい私
たちに、日本は「模倣の国」の底力をノーベル賞を通じて確かに見せてくれたわけだ。私たちの中
に内在する純種意識をパラパラと投げ捨て、模倣を通じた「雑種」が幅をきかす世界に向かって力
強く走って進もう。
これは メッセージ 1 (shibural7 さん)への返信です.
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