Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2010/08/03 22:57 投稿番号: [4571 / 6946]
http://www.chosunonline.com/news/20100802000030
>「韓国は互いに助け合う国」「韓国は良い隣人」というイメージを、
>中東地域で新たに築いていかなければならないということだ。
いいかげんコイツら鮮奴民族は日本を始め世界各地に棲息している鮮奴どもの振る舞いそのものが
現地の人々に悪印象を植え付けていることを直視して反省・改善すべきニダ、
旧宗主国の日本で”すら”在日鮮奴はイメージが悪く嫌われ、在日鮮奴は恥ずかしさのあまり
名前を日本風の偽名とし”日本人”としてスマして暮らしているほどニダ、それ以外の在外鮮奴が多い
地域(北米、南米など)では推して知るべし、ニダ。
南米に移民した日本人は鮮奴などと正反対に現地では「共存していくのに好ましい民族」との確固たる
揺ぎ無い評価が確立しているのはこのトピでも過去にさまざまな事例をあげてきたニダ、
折りしも8月に入り、お盆のお墓参りの季節ニダ、ウリが現地に功労のあった在外邦人の墓参りをした
話は↓ニダが、この機会にアルゼンチン移住者の高橋喬(たかはし・たかし)氏の足跡を引用しておくニダ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=3574#under-deli
(引用元はアルゼンチン日本人移民史第二巻戦後編、社団法人在亜日系団体連合会編集)
------------------------ -
高橋喬はボリビア国境に近いフフイ・サルタ州に移り住み、地元の人々や自然に密着した絵画・陶芸などの
民芸普及活動にその半生を捧げた人である。アルゼンチンに根付いた戦前日本人移住者の中でも珍しい
一生を送った。
高橋は1908年横浜に生まれ、1935年頃に日本企業の派遣でアルゼンチンに来た。
1943年頃までその会社で働いた。会社が第二次世界大戦の影響で閉鎖されることになって退職金を受け取り、
5年から10年間の生活の見込みがついたので、単身トゥクマン州に向かった。
トゥクマンでは以前から関心を持っていた焼き物を始めた。アルゼンチンが気に入り、民芸に興味を持ち、
この地に残る決心をしたのではないかと思われる。当時のトゥクマンには多くの日本人が暮らしていた。
トゥクマン在住時代の1944年に、ガウチョ・ハポネスで知られる柳守治が警察に拉致されるという出来事が
あり、高橋が身元引受人になって警察署から出ることができたという逸話も残されている。
しかし高橋はトゥクマンにも2,3年ほどしかいなかった。
高橋はサルタ市に移り住んだ。そこでは焼き物の他、自作の絵を売ったり教会の聖母像を修復したりして
収入を得ていた。そのような活動を通じて、高橋の存在や彼の優れた技術・才能が次第に町中に知られるように
なり、仕事もコンスタントに入ってくるようになった。また高橋自身もサルタの町や生活が気に入っていた。
当時のサルタ市には日本人がたくさん暮らし、カフェ店や洗濯店などを経営していた。
高橋はサルタ日本人会の会長だった比嘉民和が経営していたカフェ店に時々顔を見せた。
それは民和に会う目的もあったし、その店では2人の日本人が給仕として働いていたので行きやすかったので
あろう。高橋自身、サルタ日本人会の役員をしていた時期もある。当時の高橋を知る人は、「誰からも縛られる
のを嫌う自由人だった。物腰の柔らかな紳士であり、物静かで内向的な人だった」と語る。(続く)
------------------------ -
続きは後日ニダ。↓2ch関連スレからニダ
144 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:02:49 ID:5kb570pZ
>>136
韓国人にとって一番痛いのは、
外国で日本と韓国は別のもの。別の民族。日本と韓国は関係ないって
外国人に知られてしまうことだろうね。
148 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:31:28 ID:eI0X6fV8
>つまり「韓国は互いに助け合う国」「韓国は良い隣人」というイメージ
まずこれが無理。
身分を偽ってまで、相手国の探っちゃいけないところに無神経に踏み込むようでは、
そもそも「相互理解」って所からは遠く離れすぎたスタンスを採っているとしか思われないっての。
150 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:41:18 ID:5kb570pZ
>>148
日本と混同させることによって、
「韓国はお互いに助け合う国」
>「韓国は互いに助け合う国」「韓国は良い隣人」というイメージを、
>中東地域で新たに築いていかなければならないということだ。
いいかげんコイツら鮮奴民族は日本を始め世界各地に棲息している鮮奴どもの振る舞いそのものが
現地の人々に悪印象を植え付けていることを直視して反省・改善すべきニダ、
旧宗主国の日本で”すら”在日鮮奴はイメージが悪く嫌われ、在日鮮奴は恥ずかしさのあまり
名前を日本風の偽名とし”日本人”としてスマして暮らしているほどニダ、それ以外の在外鮮奴が多い
地域(北米、南米など)では推して知るべし、ニダ。
南米に移民した日本人は鮮奴などと正反対に現地では「共存していくのに好ましい民族」との確固たる
揺ぎ無い評価が確立しているのはこのトピでも過去にさまざまな事例をあげてきたニダ、
折りしも8月に入り、お盆のお墓参りの季節ニダ、ウリが現地に功労のあった在外邦人の墓参りをした
話は↓ニダが、この機会にアルゼンチン移住者の高橋喬(たかはし・たかし)氏の足跡を引用しておくニダ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=3574#under-deli
(引用元はアルゼンチン日本人移民史第二巻戦後編、社団法人在亜日系団体連合会編集)
------------------------ -
高橋喬はボリビア国境に近いフフイ・サルタ州に移り住み、地元の人々や自然に密着した絵画・陶芸などの
民芸普及活動にその半生を捧げた人である。アルゼンチンに根付いた戦前日本人移住者の中でも珍しい
一生を送った。
高橋は1908年横浜に生まれ、1935年頃に日本企業の派遣でアルゼンチンに来た。
1943年頃までその会社で働いた。会社が第二次世界大戦の影響で閉鎖されることになって退職金を受け取り、
5年から10年間の生活の見込みがついたので、単身トゥクマン州に向かった。
トゥクマンでは以前から関心を持っていた焼き物を始めた。アルゼンチンが気に入り、民芸に興味を持ち、
この地に残る決心をしたのではないかと思われる。当時のトゥクマンには多くの日本人が暮らしていた。
トゥクマン在住時代の1944年に、ガウチョ・ハポネスで知られる柳守治が警察に拉致されるという出来事が
あり、高橋が身元引受人になって警察署から出ることができたという逸話も残されている。
しかし高橋はトゥクマンにも2,3年ほどしかいなかった。
高橋はサルタ市に移り住んだ。そこでは焼き物の他、自作の絵を売ったり教会の聖母像を修復したりして
収入を得ていた。そのような活動を通じて、高橋の存在や彼の優れた技術・才能が次第に町中に知られるように
なり、仕事もコンスタントに入ってくるようになった。また高橋自身もサルタの町や生活が気に入っていた。
当時のサルタ市には日本人がたくさん暮らし、カフェ店や洗濯店などを経営していた。
高橋はサルタ日本人会の会長だった比嘉民和が経営していたカフェ店に時々顔を見せた。
それは民和に会う目的もあったし、その店では2人の日本人が給仕として働いていたので行きやすかったので
あろう。高橋自身、サルタ日本人会の役員をしていた時期もある。当時の高橋を知る人は、「誰からも縛られる
のを嫌う自由人だった。物腰の柔らかな紳士であり、物静かで内向的な人だった」と語る。(続く)
------------------------ -
続きは後日ニダ。↓2ch関連スレからニダ
144 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:02:49 ID:5kb570pZ
>>136
韓国人にとって一番痛いのは、
外国で日本と韓国は別のもの。別の民族。日本と韓国は関係ないって
外国人に知られてしまうことだろうね。
148 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:31:28 ID:eI0X6fV8
>つまり「韓国は互いに助け合う国」「韓国は良い隣人」というイメージ
まずこれが無理。
身分を偽ってまで、相手国の探っちゃいけないところに無神経に踏み込むようでは、
そもそも「相互理解」って所からは遠く離れすぎたスタンスを採っているとしか思われないっての。
150 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2010/08/03(火) 14:41:18 ID:5kb570pZ
>>148
日本と混同させることによって、
「韓国はお互いに助け合う国」
これは メッセージ 1 (shibural7 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr_1/4571.html