Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2009/12/04 21:44 投稿番号: [4291 / 6946]
http://www.chosunonline.com/entame/20091130000056
>アルゼンチン出身のマルコ、韓国籍取得へ
>
>マルコはアルゼンチン国籍を持ち、韓国で芸能活動を行ってきた。
「アルゼンチン」「マルコス」とくれば連想するのは日本アニメ「母を訪ねて三千里」ニダ、
そういえばそのアニメをパクった南鮮奴アニメがあったニダ↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=4121#under-deli
>アルゼンチンでの名前はリー・マルコス・ベンジャミンという。
「マルコス」も「ベンジャミン(英語のベンジャミンは西語ではベンハミン、”ミ”にアクセント)」も
男の名前ニダ、リーは姓の李だろうが、南米ではフルネームは「名前(複数ある場合がある)+父方の姓
+母方の姓」の順なので??ニダ、
それはともかく↑の在アルゼンチン鮮奴はどうみても両親共に鮮奴のいわゆる”アルゼンチョン”にだ、
アルゼンチンでもイメージの悪い鮮奴が普通のアルゼンチン人と婚姻にまで進む可能性は
極めて低く、在アルゼンチン鮮奴もそれは知っているので結婚相手も同じ民族からしか配偶者を
選べないニダ。(アルゼンチンに限らないが)日系人も結婚相手は同じ日系から選ぶ傾向が
あるニダが、それは鮮奴民族のようにアルゼンチン社会で疎外されているからではないニダ、
昔からアルゼンチンでは有名人を配偶者にした日系人がいるニダ、↓の榛葉贇雄氏はこのトピでも
以前にも書いたが、結婚相手のアルゼンチン女性は英国の有名作家の姪(↓サイトの妹は誤り)だったニダ、
勿論、恋愛結婚ニダ。
http://fananikkei.exblog.jp/6461200/
>佐賀県東拓浦郡湊村(現在の唐津市)出身の榛葉贇雄は,来亜2年目から日本の新聞に紹介する。向学心が人一倍強く,
>仕事のかたわらブエノスアイレス中学に通い始め,後ブエノスアイレス大学法学部に進んだ。
>その後,英国系女性のラウラ・ハドソンと結婚した。このラウラは,博物学者として「遥かな国,遠い昔」など
>日本語にも訳されている本の作者として知られるウイリアム(亜国名ギジェルモ)ハドソンの妹だった。
さらにアルゼンチンを代表する作家の1人でノーベル文学賞候補にもたびたび挙がったボルヘス氏の再婚相手も
児玉マリアさんという日系人女性だったニダ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%98%E3%82%B9
さらにアルゼンチン女性ではなかったがアルゼンチンで大牧場主として名を馳せた伊藤清蔵博士の配偶者はドイツ女性だったニダ↓
http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/tayori/105p2.pdf
↓記事とはカンケーないが2chからニダ。
437 :1、併合前の朝鮮:2009/09/19(土) 07:43:45 ID:vIbf3muV
渡部
日清・日露戦争当時の朝鮮というのは、底知れぬ貧乏国でした。単に近代産業がないというレベルではありません。
農業生産にしても、とうてい日本とは比べ物にならないものだった。「春窮(しゅんきゅう)」という言葉があるくらいで、
秋に収穫した米も春を迎えるころになると尽きてしまうというのが珍しくなかった。収奪なんてできるわけがない。
また当然、商業なども発達していませんでした。日清戦争の後に、陸軍軍人であった柴五郎が朝鮮を旅行したときに驚いたのは、
朝鮮には銀貨も紙幣もなくて、銅銭だけがあったということでした。つまり、当時の朝鮮には高額の貨幣が必要なかったのです。
そして、その銅銭もシナから輪入した銭だった。
谷沢
日本で言うと、平安時代末期から鎌倉時代の状況です。つまり、コリアの経済は日本よりも800年遅れているわけです。
(中略)李氏朝鮮においては商業は卑しいものだと思われていた。
「こんな「歴史」に誰がした」渡部昇一・谷沢永一 平成9年 クレスト社
なぜなら、これは司馬遼太郎さんも書いておられることですが、
当時の朝鮮の文明のレベルは日本で言えば奈良時代のレベルでした。
産業なんてもちろんありませんし、道\xCF
>アルゼンチン出身のマルコ、韓国籍取得へ
>
>マルコはアルゼンチン国籍を持ち、韓国で芸能活動を行ってきた。
「アルゼンチン」「マルコス」とくれば連想するのは日本アニメ「母を訪ねて三千里」ニダ、
そういえばそのアニメをパクった南鮮奴アニメがあったニダ↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=4121#under-deli
>アルゼンチンでの名前はリー・マルコス・ベンジャミンという。
「マルコス」も「ベンジャミン(英語のベンジャミンは西語ではベンハミン、”ミ”にアクセント)」も
男の名前ニダ、リーは姓の李だろうが、南米ではフルネームは「名前(複数ある場合がある)+父方の姓
+母方の姓」の順なので??ニダ、
それはともかく↑の在アルゼンチン鮮奴はどうみても両親共に鮮奴のいわゆる”アルゼンチョン”にだ、
アルゼンチンでもイメージの悪い鮮奴が普通のアルゼンチン人と婚姻にまで進む可能性は
極めて低く、在アルゼンチン鮮奴もそれは知っているので結婚相手も同じ民族からしか配偶者を
選べないニダ。(アルゼンチンに限らないが)日系人も結婚相手は同じ日系から選ぶ傾向が
あるニダが、それは鮮奴民族のようにアルゼンチン社会で疎外されているからではないニダ、
昔からアルゼンチンでは有名人を配偶者にした日系人がいるニダ、↓の榛葉贇雄氏はこのトピでも
以前にも書いたが、結婚相手のアルゼンチン女性は英国の有名作家の姪(↓サイトの妹は誤り)だったニダ、
勿論、恋愛結婚ニダ。
http://fananikkei.exblog.jp/6461200/
>佐賀県東拓浦郡湊村(現在の唐津市)出身の榛葉贇雄は,来亜2年目から日本の新聞に紹介する。向学心が人一倍強く,
>仕事のかたわらブエノスアイレス中学に通い始め,後ブエノスアイレス大学法学部に進んだ。
>その後,英国系女性のラウラ・ハドソンと結婚した。このラウラは,博物学者として「遥かな国,遠い昔」など
>日本語にも訳されている本の作者として知られるウイリアム(亜国名ギジェルモ)ハドソンの妹だった。
さらにアルゼンチンを代表する作家の1人でノーベル文学賞候補にもたびたび挙がったボルヘス氏の再婚相手も
児玉マリアさんという日系人女性だったニダ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%98%E3%82%B9
さらにアルゼンチン女性ではなかったがアルゼンチンで大牧場主として名を馳せた伊藤清蔵博士の配偶者はドイツ女性だったニダ↓
http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/tayori/105p2.pdf
↓記事とはカンケーないが2chからニダ。
437 :1、併合前の朝鮮:2009/09/19(土) 07:43:45 ID:vIbf3muV
渡部
日清・日露戦争当時の朝鮮というのは、底知れぬ貧乏国でした。単に近代産業がないというレベルではありません。
農業生産にしても、とうてい日本とは比べ物にならないものだった。「春窮(しゅんきゅう)」という言葉があるくらいで、
秋に収穫した米も春を迎えるころになると尽きてしまうというのが珍しくなかった。収奪なんてできるわけがない。
また当然、商業なども発達していませんでした。日清戦争の後に、陸軍軍人であった柴五郎が朝鮮を旅行したときに驚いたのは、
朝鮮には銀貨も紙幣もなくて、銅銭だけがあったということでした。つまり、当時の朝鮮には高額の貨幣が必要なかったのです。
そして、その銅銭もシナから輪入した銭だった。
谷沢
日本で言うと、平安時代末期から鎌倉時代の状況です。つまり、コリアの経済は日本よりも800年遅れているわけです。
(中略)李氏朝鮮においては商業は卑しいものだと思われていた。
「こんな「歴史」に誰がした」渡部昇一・谷沢永一 平成9年 クレスト社
なぜなら、これは司馬遼太郎さんも書いておられることですが、
当時の朝鮮の文明のレベルは日本で言えば奈良時代のレベルでした。
産業なんてもちろんありませんし、道\xCF
これは メッセージ 1 (shibural7 さん)への返信です.
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