或る掲示板猿の選択

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Re: 或る掲示板猿の選択

投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2007/04/17 22:43 投稿番号: [3602 / 6946]
>長い友好の歴史
>*日本海海戦と巡洋艦「日進」、「春日」

>その翌年に訪日して大歓迎を受けた海軍練習艦「サルミエント」の
>ベトペデル艦長が海軍大臣になっていたことなどがある。

前述のアルゼンチンの日本大使館のサイトにでてくるアルゼンチン海軍の
練習帆船サルミエント号は今月1日の書き込みで触れているものですが、
この船は日本との縁が多い船であります。
船内には数次にわたる世界演習航海の折のいろいろな資料が展示されており、
何回かの日本寄航時の写真などもあります。

1900年にサルミエント号が初めて日本に寄港(横浜港)した時の話ですが、
二人の日本人の若者がサルミエント号に乗船しアルゼンチンに上陸しています。
日本とアルゼンチンはその2年前の1898年に修好通商条約を結び国交がスタートした
ばかりであり、この二人の若者は国交樹立後の最初の日本人移民でした。
(移民第一号は神奈川出身の牧野金蔵氏で1886年にアルゼンチン入国)

二人の若者の名は榛葉贇雄(当時16歳、しんやよしお、佐賀出身)と
鳥海忠次郎(神奈川出身、当時13歳)であり、長崎で店員として働いていた
榛葉氏はちょうど横浜に寄航していたサルミエント号が日本人ボーイを募集していることを
人づてに知り、遥々横浜まで赴き、サルミエント号の船長に直談判したそうです。
船長に「親の承諾書を持ってきたら許可する」と言われ、一度佐賀の実家に戻り、
その後サルミエント号が寄航していた神戸港に向かい乗船しました。

当時でアルゼンチン初代公使も兼ねていた大越成徳ブラジル駐在公使が
当時の小村寿太郎外務大臣にあてた報告にはアルゼンチン榛葉氏がお世話になっていた
日本の絹物輸入商のイタリア人家庭で「仕事以外は全く子弟のように取り扱ってくれ
自分の家に寝泊りさせてくれ、そのうえ語学、歴史などの学科の研修のため通学を
許し、且つ毎月24円余の手当てを受けたほか、衣服、靴、帽子に至るまで一切親切に
世話をしてくれている」とあり、鳥海氏のほうも「海軍の医大監某氏の世話でアルゼンチン海軍
士官の薬剤士官見習いとなり、毎月64円の手当を受けているとのことで、着ている服も
極めて立派にしていた」と報告しています。

アルゼンチン入国後の榛葉氏は仕事の傍ら勉学に励み、同国の名門校ブエノスアイレス大学の
法学部に進むに至ります。(もう一人の鳥海氏の方はその後の経歴の資料がなく不明)
その後YMCAのクラブで大勢の友人ができましたが、その中の一人が英国系アルゼンチン人の
マリア・エレーナ・ハドソンでした。この女性は当時の著名博物学者であり、その著作
「遥かな国、遠い昔(Far Away and Long Ago)」など日本語にも訳されている英国人の
ウイリアム・ハドソンの妹でした。

ウイキペディアによるウイリアム・ハドソンの説明↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3

その女性マリア・エレーナの自宅に度々招かれて出入りしているうちに、その娘ラウラと知り合い、
結婚するに至りました。

http://www13.ocn.ne.jp/~m-room/hudson.html
>1907年(66歳) 妹の末娘ラウラが、日本人の榛葉贇雄と結婚したという通知を受け、
>新婚旅行にロンドンに来るよう勧める。

榛葉氏と新婦ラウラ・ハドソンは1909年にロンドンを訪れウイリアム・ハドソンの家に3週間半泊まったそうです。
彼はウイリアム・ハドソンに会った唯一の日本人でした。
1909年のウイリアム・ハドソンは代表作「緑の館(Green Mansions)」を1904年に発表、文壇に地位を築き
次々と作品を発表していた時期にあたります。ハドソンは最初ホテルに泊まっていた若夫婦のところへ毎日
来て、二人を連れ出し朝から晩まで案内して歩いたとのこと。

その後、二人の間に娘榛葉ビオレッタが誕生、彼女はその後父親と同じくブエノスアイレス大学を卒業するに
至ります。2世では初めてのブエノスアイレス大学卒業になります。ちなみにアルゼンチンで日系2世初の
医師も弁護士も女性であります。(医師は1940年の山内エリーサ、弁護士は1943年の宮崎カタリーナ)

長くなるので以降の榛葉氏の活躍は割愛しますが、ネットなどにも情報があるかもしれませんので
興味のある方は調べると意外な事実がみつかるかもニダ!?

写真欄に今回撮影したサルミエント号の写真をのせておきます。
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